明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(1388)書評『福島甲状腺がんの被ばく発症』(宗川吉汪著 文理閣)

2017年06月05日 12時00分00秒 | 明日に向けて(1300~1500)

守田です。(20170605 12:00)

福島で広がる甲状腺がんが、福島第一原発事故で発せられた放射能による被曝によって増えていることを力強く実証した本が出版されました。
今回の記事の表題にも示したようにタイトルは『福島甲状腺がんの被ばく発症』。日本科学者会議に属する宗川吉汪さんの執筆のよるもので文理閣から上梓されています。
実は宗川さんが書かれた本としてはこれが2冊目になります。初めてこの課題を扱った書のタイトルは『福島原発事故と小児甲状腺がん―福島の小児甲状腺がんの原因は原発事故だ』でした。
宗川さんの他、大倉弘之さん、尾崎望さんとの共著で、発行は本の泉社です。この書のことも踏まえつつ、宗川さんの新著についてご紹介したいと思います。

福島では事故当時0歳から18歳だった「こども」を対象に大掛かりな甲状腺の検査が行われてきました。司ってきたのは福島県です。
この検査の特徴は、「先行検査」と「本格検査」の二段階が行われたことです。
なぜそうしたのかと言えば、小児甲状腺がんは、これまで10歳以下では100万人に1人の発症率と言われるきわめてまれな病気でした。
このため国内では大規模調査がなされたことがないので、まずは放射能の影響が現れない段階の検査を「先行検査」として行い、その後に「本格検査」を行って原発事故の影響を調べるとされたのです。

またもう一つの特徴は検査が三つの地域に分けて行われたことでした。
最初の検査は最も放射線被曝量の多かった福島県の浜通りを始めとした13市町村で行われ、続いて福島県内では中程度の被曝量だった中通りを中心とする12市町村で、最後に残りの34市町村という具合に進みました。
34市町村には会津地方とともにいわき市や相馬市など浜通りの南端、北端の市なども入っていました。

検査を行った福島県は「チェルノブイリ原発事故の経験から事故で発生した放射能を原因とする甲状腺がんの発症は5年以上経ってからなので福島でも少なくとも数年は発症はありえない」ことを前提としました。
結果は第20回「県民健康調査」検討委員会(2015年8月31日)で発表され、第23回検討委員会(2016年6月6日)で追補版が公表されました。
後者によれば検査を受けたのは36万7672人。このうち細胞診で甲状腺がん(悪性ないし悪性疑い)と診断されたのは116人(女子77人、男子39人)。平均年齢は17.3±2.7歳でした。
この116人のうち102人が手術を受け、良性結節(がんではない)1人、乳頭がん100人、低分化がん1人という結果でした。

100万人に1人と言われてきた病気が37万人弱に100人以上も現れたわけですが、福島県はこれらを被ばく影響によるものとは認めませんでした。
多く発見されたのはこれまでにない大規模で徹底した調査が行われため、「スクリーニング効果」のためだと言いました。
これに対しては、多くの人々が「そんなことはない」と主張し、数学的解析などを行い、先行調査でも被ばく影響が認められることを指摘しています。筆者もそう考えています。

宗川さんの見解のユニークさは、この議論には関わっていないことです。
先行調査の結果を「原発事故による影響が現れる前の状態が現れたもの」という見解をひとたび受け入れ、「本格調査」との間の差異を分析し、その結果、福島原発事故の影響があることを証明する方法を採ったのです。
しかもそれほど難しい数学的解析を使わずとも、十分に被ばく影響を見て取ることができる点を導き出しているのも本書の特徴の一つです。

このため多くの方に、まずは本書を手にとって、宗川さんの論述に従いつつ、簡単な計算もしながら被ばく影響がどのように現れているのかをつかんでいただきたいと思います。
そうすると自分で被ばく影響の有無を吟味することができます。統計計算式を一つ使用することが必要ですが、あとは誰もが自分で簡単に検証できるように論述してあります。この点の工夫も素晴しいです。
 
ぜひご自分で読むことでこの証明を体感していただきたいのですが、そのためにあらかじめ解説を加えておきたい点があります。第6章の「罹患率の比較」についてです。
病気の発症を調べるためには「有病率と罹患率」の違いを知っておく必要があります。前者ではある時点での患者数を調べるのですが、これはインフルエンザの流行などを調べる時などに効力を発揮します。
後者はある一定の期間にその病がどれだけの割合で起こっているのかを調べるもので、甲状腺がんの社会調査ではこちらが重要になります。

このため観察期間が重要になるのですが、「先行調査」がどれだけの期間を調査対象としたのかというと、福島原発事故による影響が出る前の全期間となりますから、調査を受けた人のその時の年齢と等しくなります。
このため例えば10歳で発症した人は10年間に発症したと数えられますが、先行調査は2013年3月まで行われていて、0歳から18歳だったものの中で1歳大きくなったものがいると考えられるので発症時の最大年齢は19歳になり、最大は19年間ということになります。
調査対象は調査の時に0歳から最大で19歳だった「子ども」たちなので、それぞれの年齢の人口が同じと仮定すると平均では9.5年の間の発症と考えることができます。

ところが本書ではこの発症期間を8歳から19歳までとし平均で6.5年としています。実はここが前著と本書の差異、計算の緻密化がなされたところでもあります。
どうしてなのかというと、福島県の調査で、事故時に7歳以下だった子どもにがんの発症がまったくみられていないため、それを反映させたて、0歳から7歳までを調査期間から省く判断を行ったのです。
このため前著では平均9.5年とされた期間が本書では平均6.5年とされています。
 
「本格調査」の方はどうでしょうか。この調査の期間は先行調査が終わってから本格調査がなされたときまでですから比較的短めです。
3つの地域間で多少の違いがあり、最初の13市町村では2.75年、あとの12市町村と34市町村では2年でした。このことを踏まえて、統計計算にかけると95%の信頼性で3つの地域の年間の罹患率がはじき出されてきます。
重要なのは、もし放射線被曝の影響がみられないのなら、先行調査と本格調査で出される患者率の数値は、ほぼ重ならなくてはならないということです。

ところが線量の高い目の13市町村では、先行調査で10万人中7.5〜13.5人に対して、本格調査では22.0〜47.2人とまったく重ならない値が出ました。
線量が福島県内では中ぐらいの12市町村では、先行調査で9.0〜11.7人に対して、本格調査では18.9〜30.5人とやはり重ならない値です。
線量が低めの34市町村では、先行調査で6.9〜10.0人、本格調査で8.9〜20.2人とわずかに重なるもののほとんどはやはり重ならない結果となっています。

これらから宗川さんは以下のように結論しています。
「甲状腺がんの発症に原発事故が影響していることを明瞭に示しています。しかも罹患率の上昇は高線量地域で最も高く、中線量地域、低線量地域の順でした」と。(p34)
福島県の提示した方法に沿って評価してみてもこの結論が出てくるのです。もはや否定しようのない事実であることを宗川さんは見事に証明されています。

さて宗川さんによる福島の甲状腺がんの多発が原発事故由来であることの証明はここまででつきるのですが、この先で宗川さんはさらに大胆な発言をされています。
一つには国際原子力ムラによっていまなお、被ばく発症の否認が行われていることへの批判ですが、宗川さんはさらに進んで二つ目に、核災害の本質はヒバクにあり、そのヒバクを否定する「放射能安全神話」を打ち破るべきことを力説しています。そこでは、さながら宗川さんによる福島の甲状腺がんが被ばくによるものであることの証明が、本書のこの最終部分の主張を導き出すための論理的手順であったかと思わせるような力強い言葉が並んでいます。

おそらくは読者を驚かせるであろうことは、ここで宗川さんが、国際原子力ムラのみならず、他ならぬ脱原発運動の中でも福島の甲状腺がんの発症に関しての軽視や無視があることを怒りを込めて論じられていることです。
宗川さんが指摘しているのは京都市で2016年3月に行われた「バイバイ原発きょうと」集会の呼びかけ文に宗川さんが「福島の小児甲状腺がん多発の原因が原発事故であることは明らかです」という文言の挿入を提案したところ否定されてしまったことです。理由は「機が熟してない」とのこと。これを宗川さんは「はっきりしていない、間違っているかもしれない、小児甲状腺がんの多発は原発事故とは無関係かもしれない」ということだと捉えています。
しかし小児甲状腺がんすら「起こらない」のならば、「原発事故など恐るるに足りず」になってしまうとは言えないか。「私たちは原発事故で放出される放射能ががんを含めたさまざまな病気を引き起こす恐れがあるからこそ、原発に反対しているのではないでしょうか」(p54)と宗川さんは指摘されています。

さらに宗川さんは同じく2016年3月6日に福島県二本松市で開催された「原発ゼロをめざして今、福島から―あの日から5年」というテーマのシンポジウムについても批判的に取り上げています。
全国革新懇と福島革新懇が主催したものですが、その記録集を紐解くと「驚くべきことに、小児甲状腺がんについて、主催者あいさつ、地元あいさつ、4人のシンポジストの報告、3人の福島現地からの報告のいずれでも一言触れられていませんでした」と言うのです。その上で宗川さんはこう述べられています。「“放射能安全神話”にとらわれてヒバクから目をそらしたい脱原発運動は、結局は、福島の被害者や原発ゼロを願う多くの国民の願いから遊離してしまうと危惧します」。(p57)

まったくもってその通りです。ヒバクと向き合わない限り、なぜ原発をなくさなければならないのか、根本の論理が揺らいでしまいます。
放射能は人を傷つけ、さまざまな病を引き起こすが故に危険なのです。その点で私たちは甲状腺がんの発症にとどまらず、いま起こっているであろうさまざまな被害をきちんと把握し、何よりも傷ついた被害者を守り、政府に保障させなければなりません。いや福島原発事故で飛び出して来ている放射能からのこれ以上のヒバクをなんとしても止めなくてはならないし、いわんや次なる原発事故など絶対に起こさせないようにしなくてはならない。まさに放射能が危険なものだからです。

読者のみなさんは、本書の最後に出てくるこの宗川さんの熱いメッセージを読まれて、それでもう一度、福島の甲状腺がヒバク由来であることを、明快かつ簡潔に証明された前半部の主張に立ち戻っていただきたいと思います。
本書が原発ゼロを目指し、平和で豊かな世を目指すすべてのみなさんの中で十二分に活用されんことを願って止みません。

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