守田です。(20170222 23:30)
原子力規制委員会が原子力災害対策において飛んでもないことを言い出しています。
端的に「原発から5キロ圏外は逃げるな!」というのです。あまりの暴論です。許しがたい!
具体的な発言は鹿児島県三反田知事と田中俊一原子力規制委員会委員長との会見の中で行われました。
重要な内容なので佐賀新聞の報道をそのまま引用させていただきます。
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鹿児島知事に「屋内退避重要」 原子力規制委員長
佐賀新聞 2017年02月19日 09時38分
http://www.saga-s.co.jp/news/saga/10101/406941
原子力規制委員会の田中俊一委員長は18日、九州電力川内原発1、2号機が立地する鹿児島県を訪れ、県庁で三反園訓(みたぞのさとし)知事に対して、原発事故時にはむやみに住民を避難させず、屋内退避を中心にすべきだとする国の原子力災害対策指針について説明した。
田中氏は東京電力福島第1原発事故では無理な避難で多くの犠牲者が出た一方で、福島県民の被ばくによる健康影響も過度に心配する状況ではないと強調した。
さらに「(今後、福島のような)深刻な事故が起こることは考えにくいが、何かあったときには原発5キロ圏内は放射性物質が出る前に予防的に避難し、5キロ以遠は屋内退避で様子を見るのが基本だ」と訴えた。
三反園知事は「原発の安全について県民の理解を得るために、厳格な検査を積み重ねて分かりやすい情報発信をしてほしい」と求めた。
田中氏は同日、原発がある鹿児島県薩摩川内市の岩切秀雄市長や住民とも意見交換。「避難までにどのくらい時間的な余裕があるのか」という住民からの質問に対し、田中氏は「どんな状況でも1日から2日の余裕がある」と答えた。
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何たる暴論。人々に逃げるなというのです!
原発災害時の避難計画に対して、これまで「自らの責任の範囲ではない」とあいまいな態度をとり続けてきた原子力規制委員会は、明らかに「人を逃げさせない」方針への明確な転換を行っています。
もちろんこの発言は非常に大きなあやまりに満ちています。
第一に「(今後、福島のような)深刻な事故が起こることは考えにくい」などと、福島原発事故が収束などしておらず、2号機の炉内など650シーベルトもあってろくな調査もできず、事故原因すら解明できていないのに言い放っている点です。
ただし実はこれは、すでに新規制基準の中でも言われてきたことでもあります。新たな基準として事故が起こった場合「福島原発事故時の放射能放出の100分の1にとどめる」対策が要請されているからですが、これがあまりにでたらめなのです。
なぜなら新規制基準がもともとうたっているのは、「これまでは過酷事故は起こらないといってきたが間違っていた。これからは過酷事故対策をする」というものだったからです。
のちに「過酷事故」を「重大事故」に変える姑息な言葉の入れ替えがなされているのですが、しかしもともと使われていた「過酷事故」とは、設計段階で施された安全対策がすべて突破されてしまった事故=想定外の事故のことなのです。
そのときの放射能の放出量が「福島原発事故時の100分の1に抑えられる」というのであれば、それはもう「過酷事故」ではありません。「想定内の事故」です。
つまり「万が一放射能が格納容器外に漏れてもある一定の量に抑える装置を付ける」のが新規制基準だということになりますが、そんなことが可能なら、そもそも過酷事故が起きないようにすることが可能なはずです。
繰り返しますが、福島原発事故そのものがまだほとんど解明されていないのです。メルトダウンした核燃料がどんな状態でどこにあるのか、格納容器のどこが壊れてどのように放射能が出たのか、何もわかっていないのです。
それでどうして対策などとれるのでしょうか?
この「放射能放出量を福島原発事故時の100分の1に抑える」という暴論を今度はなんと避難計画にまで適用しようというのですから、まったく許すことができません。
しかも「何かあったときには原発5キロ圏内は放射性物質が出る前に予防的に避難し、5キロ以遠は屋内退避で様子を見るのが基本だ」と語ることで、ようするに「5キロ圏内以外は逃げてはいけない」という示唆がなされています。
これが国の原子力災害対策として確定してしまうと、災害対策法で各自治体は「国の計画に抵触してはならない」という縛りを受けますから、逃げ出すための有効な計画が立てられてなくなってしまいます。
いや目先の経済的観点から原発を動かしたい「立地自治体」にとっては、大した災害対策を立てなくてもよい口実にもなってしまい、今ある避難計画すらが後退する結果をももたらしかねません。
しかも福島原発事故での東電と国による加害行為に対して本当にひどい開き直りまでもが始められています。
あの事故では「原発関連死」で少なくとも2000人が亡くなっていることが認定されています。東電と国が殺害したのですが、それが「無理な避難で多くの犠牲者が出た」とあたかも避難を行った側が悪いかのようにすり替えている。
また「福島県民の被ばくによる健康影響も過度に心配する状況ではない」と、甲状腺がんの多発など、深刻な影響がさまざまに表面化しつつある現実を覆い隠し、被ばく影響の全面否定にも踏み込んでいます。
ここでなされているのは加害責任の放棄とひらきなおり、さらに加害責任の被害者へのなすりつけです。「盗人猛々しい」にもほどがある!
「無理な避難で多くの犠牲」が出たのは、避難したことが悪かったからでは断じてありません!避難の準備がまったくなされていなかったことこそ問題だったのです。
何よりあの時点では事故がどこまで広がるか分からなかったのでした。実際に4号機プールは水が無くなりだしていました。しかもどれぐらい減りつつあったのかすら誰にもつかめていなかったのでした。
米軍は独自の解析から「もはや水がないのでは」と判断し、自国民に原発から半径80キロより外に逃げろと命令していましたし、フランスは自国民にすぐに関西より西に行くことをもとめ、さらには出国をも勧告していました。
いやよく伝えられているように、実は東電自身が積極的に社員の家族を逃がしていたいのでした!!
むろん実際に4号機が干上がりつつあったのですから、それらはまったく正しい判断でした。間違っていたのはそうした事実が公開されなかったことでした。
その後4号機が最悪の事態を免れたのは、それ以前から行われていたメンテナンス工事の遅れにより原子炉上部に水が張られており、その水が自重で仕切り板を破って燃料プールに流れ込んだからであって、偶然の産物でしかありません。
そんな状態で、実は国の側ですら原子炉が大爆発する可能性を考え、福島医大などに大規模な遺体安置所を設けていたのですから、とにかく誰にとっても逃げ出すのが当たり前だったのです。
しかしまったく準備がなかった。重病者の搬送の計画、搬送してどこに収容するのかも何一つ決められていませんでした。搬送中のリスクをどう軽減するのかも考えられていなかった。そんな状態で国の命令にしたがって無理な避難がなされたのです。
しかもこれらの避難の過程で人々がどれだけの放射能を被ってしまったのか、実はまともな記録など残っていません。
そもそもあの時、膨大に出ていたキセノンや放射性ヨウ素などのデータは残されていないのです。重病患者が無理な搬送をされる中で、膨大な放射能にさらされ、病状を悪化させた可能性だって大いに残っています。
なおかつ放射能降る中、閉じこもる態勢をとっていない施設で屋内退避が可能だったのでしょうか。しかも国の命令があったのです。だから逃げなくてはならなかったのです。
そもそも国と規制当局は、何らのまともな避難対策もなしに、人々を逃げざるをえない状態においやり、大量に死に至らしめたことを真摯に謝罪すべですし、「業務上過失致死」で裁かれ、刑罰に服すべきなのです。田中委員長自身、原子力村に関わってきたのですから大きな責任を背負っているはずです。
にもかかわらず「無理に逃げたのが悪い」とはなんという言い草でしょうか。これでは命令に従いつつ、たくさんの人々が亡くなっていった過酷な場に立ち会わざるを得なかった人々の心がずたずたにされてしまいます。悪質なハラスメント、言葉の暴力です。
ではなぜこれまで避難計画に対してあいまいな態度をとっていた原子力規制委員会が俄かにこんなにひどいことを言い出したのでしょうか。
考えられるのは原発メーカー東芝の大崩壊の中で、原発輸出路線が大破綻しだしたことです。しかも問題を抱えているのは東芝だけではない。三菱重工も日立製作所も苦境に立っています。
しかもそんな中でベトナムもまた日本からの原発の輸入を断ってしまいました。安倍政権にとっても大打撃なのです。
おそらくは、展望をなくしつつある原発輸出路線に代わり、ここで原発を急ピッチで再稼働させなくてはならないという追い詰められたが故の強い動機が働いているのでしょう。
にもかかわらずまともな避難計画を作っていたら再稼働がなかなか進まない。原子力産業の崩壊が決定的になってしまう。
「だからもう避難計画などなくても良いことにしてしまおう。そのためには5キロ圏外は避難してはいけないことにしよう」というのが政府と原子力規制委員会が考えだしていることだと思われます。
その上、あれだけの放射能が飛び出した福島原発事故の被害もなかったことにしてしまい、人々を福島に強引に帰還させ、その上、避難計画もないものにしてしまおうというのだと思います。
しかし福島原発事故を誠実に反省することないままに、展望を失いゆくアメリカでの原発建設に無理に資源をつぎ込み続けて大崩壊したのが東芝です。
原子力規制委員会、いや安倍政権もなんらこれと変わりません。反省しないこと、いや反省する人間的誠実さを失っているところがまったく同じです。
だからこんなでたらめ、絶対に通用するはずなどないのです。そのことを私たちは証明していきましょう!
いつまでもこんな悪政がまかり通ることなどけしてない!
原子力規制委員会の「人を逃がさない原子力災害対策」と真っ向から対決し、批判を集中していきましょう!人間の命と尊厳を守るために!