❝ 目黒のさんま ❞ と言う落語があります。
もう、ほとんど耳にする事もないような? 死語になったのでしょう? 😞
確か、江戸時代のお殿さまが、庶民の暮らしを見てみたいと、
お城から抜出した時の話しだったかなぁ~?
目黒と言う鄙びた所で、庶民が七輪で脂がのった魚を焼いていた。
焼き上がったサンマを所望したお殿さまは、いたくお気に入りに。
お城に戻ったお殿さまは、その秋刀魚を懐かしんで家来に命じる。
お城の司厨係が用意するが、あまりにも脂がキツいから、蒸して脂を落として
提供したところ、グラリとした殿様が言った。
「 やはり、サンマは目黒に限るナ 」
そして現在の日本 ・・・
❝ 七輪 ❞ で、もうもうと煙を上げて焼かれたサンマを、知っている世代は
ごく僅かな高齢者層だけに。
それ処か、脂がのったサンマを食べた日本人も少なくなったのでは。
七輪と言えば、今度の大地震に見舞われた輪島名物の筒切り七輪は、
大丈夫だったのか?
昭和ジイは、心配でおこなえん。😟
やっと捕ってきたサンマは、痩せたソクラテス状態の近頃。
脂は全く無い上に、漁獲量が少ないので高価過ぎる。
焼くと、殿様が食べた蒸しサンマの様にパサパサです。
もう、ヒゲの目が黒い内に、昔の目黒のサンマはいただけ無いのか?
海流変化のせいか?
或いは、クジラが増え過ぎて、サンマを食い尽くしているのか?
そんな時、熊本県牛深から朗報が届く。
牛深には、かって伝説(?)がありました。
30年毎に、イワシの大群が押し寄せると。
その群れを捕まえて、発泡スチロールの箱に沢山の鰯を氷詰めにして、
熊本市内に発送してました。
市民は、その夜は目黒の殿様気分で、イワシの塩焼きを堪能したのです。
その伝説の30年ぶりの大漁の知らせなのです。
ヒゲは、漁れたてイワシを手に入れて、たらふく喰えると、
楽しみにしていたのですが ・・・ 。
買い物から帰ったカァちゃんが、しょんぼりして言いました。
「 熊本のイワシは、全く無かったよ。千葉やら大阪のばかり。 」
店の人が言うには、牛深のは中央送りばかりなんでしょうねと。
寂しいもんですね。 地元で食べれないんなんて!
流通が便利になるのも、善し悪しな事に。 😰
ヒゲみたいに、昔を知るロートルには寂しい事でした。
↑ 参加中です。クリックしてもらえたら嬉しいです。
津波で爆発破壊されたフクシマの放射能は関東東北まで降り注ぎました。
汚染された土壌から河川となり太平洋に流れます。そして、バカ政府は陸上のタンクの汚染水を太平洋に。
お偉いさんが住む東京では安心安全な九州・日本海・北海道の海の幸が喜ばれます。
江戸前や房総の美味しい汚染のイメージ残る海の幸は地方市場に発送です。
お米もそう、フクシマ産の米は大手が買い叩いて7-11や老損のオニギリや弁当、ファミレスで消費。
婚礼宴会で使ってた国産牛はフクシマはA5ランクでも買い手が無い時もありました。
でも、たしかに房総は銚子港などのマイワシは脂たっぷりで美味しいですね。
昭和のまだ、コンビニがなかった時代、近所の定食屋さんで、「なんにしようかな、サンマ定食でも食べようか」なんて言ってたのが懐かしいです。
サンマ定食でも、なんて、なんと贅沢だったのでしょう。
あの頃のサンマは大きくて、脂がのってました。
もう伝説の彼方に成りつつある目黒のサンマ&牛深イワシ。
孫たちに教えてあげたいのだが…
爺ちゃん、この円筒形の七輪と云うので焼くと、
随分煙が上がってしまうヨ?
焼けた魚は真っ黒で、骨が有るよ!
どうやって骨を抜いて食べるの?
昭和は遠くなりけり(苦笑)