「(菅)話放題」⑦

2010-07-14 17:15:11 | 「(菅)話放題」
               「リゴリズム」(厳粛主義)

 少し前のことですが、アイドルグループのメンバーとしてテレビ

に登場し、その容姿から若者の人気者となりマスコミに引張りダコ

で活躍していた少女が、弟が犯罪を起こしたことから一転、彼の姉

であるという理由から彼女はマスメディアから締め出された。もち

ろんマスメディアも視聴者からの厳しい批判を受けてのことだろう

が、果たして成人した弟の犯した罪の責任の一端が彼女にあるだろ

うか?仮にあるとすれば彼女は一体どういう責任があったのか?そ

こには、本人にはどうする事も出来ない出身や家柄や生い立ちまで

遡って序列化し、個人の責任を一族や関係者にまで迫る、支那を由

来とする「家」を重んじる道徳の影響が色濃く反映している。

 以下に紹介するのは、丸山眞男(著)「日本の思想」(岩波新書C

39)からの引用です。この前の項では「近代日本の機軸としての

『国体』の創出」と題して、皇室を精神的機軸とする「国体」が如

何なる理由から創られたかを語っています。

(傍点打てないので省略しました)

 
      「『国体』における臣民の無限責任」

 「国体」という名でよばれた非宗教的宗教がどのように魔術的な

力をふるったかという痛切な感覚は、純粋な戦後の世代にはもはや

ないし、またその「魔術」にすっぽりはまってその中で「思想の自

由」を享受していた古い世代にももともとない。しかしその魔術は

けっして「思想問題」という象徴的な名称が日本の朝野を震撼した

昭和以後に、いわんや日本ファシズムが狂暴化して以後に、突如と

して地下から呼び出されたのではなかった。日本のリベラリズムあ

るいは「大正デモクラシー」の波が思想界に最高潮に達した時代に

おいても、それは「限界状況」において直ちにおそるべき呪縛力を

露わしたのである。

 かつて東大で教鞭をとっていたE・レーデラーは、その著書『日

本=ヨーロッパ』(E・Lederer,Japan-Europa,1929)のなかで在日

中に見聞してショックを受けた二つの事件を語っている。一つは大

正十二年末に起った難波大助の摂政宮狙撃事件(虎ノ門事件)である。

彼がショックを受けたのは、この熱狂主義者の行為そのものよりも、

むしろ「その後に来るもの」であった。内閣は総辞職し、警視総監

から道すじの警固に当った警官にいたる一連の「責任者」(とうてい

その凶行を防止し得る位置にいなかったことを著者は強調している)

の系列が懲戒免官となっただけではない。犯人の父はただちに衆議

院議員の職を辞し、門前に竹矢来を張って一歩も戸外に出ず、郷里

の全村はあげて正月の祝を廃して「喪」に入り、大助の卒業した小

学校の校長ならびに彼のクラスを担当した訓導も、こうした不逞の

徒をかつて教育した責を負って職を辞したのである。このような茫

として果てしない責任の負い方、それをむしろ当然とする無形の社

会的圧力は、このドイツ人教授の眼には全く異様な光景として映っ

たようである。もう一つ、彼があげているのが(おそらく大震災の

時のことであろう)、「御真影」を燃えさかる炎の中から取り出そ

うとして多くの学校長が命を失ったことである。「進歩的なサーク

ルからはこのように危険な御真影は学校から遠ざけた方がよいとい

う提議が起った。校長を焼死させるよりはむしろ写真を焼いた方が

よいというようなことは全く問題にならなかった」とレーデラーは

誌してる。日本の天皇制はたしかにツァーリズムほど権力行使に無

慈悲ではなかったかもしれない。しかし西欧君主制はもとより、正

統教会と結合した帝政ロシアにおいても、社会的責任のこのような

あり方は到底考えられなかったであろう。どちらがましかというの

ではない。ここに伏在する問題は近代日本の「精神」にも「機構」

にもけっして無縁でなく、また例外的でもないというのである。

                         ー以上ー

 ウィキペディアで「虎ノ門事件」のその後を見ると「犯人難波大

助は大逆罪で死刑になり、父は蟄居して後何も口にせず餓死自殺し

た。難波の処刑後、皇太子は『家族の更生に配慮せよ』と側近に語

った。」とある。

 この国の責任のとり方は「茫として果てしない」ばかりでなく、

何時も力の弱い者に向けられる。もちろん個人の責任は個人が負わ

なければならないが、更に家族や会社や、況して学校までもが負わ

なければならないのだろうか?「あの時代は」と言うかもしれない

が、二つの事件とも「大正デモクラシー」のリベラリズムが最高潮

に達した時代に起ったことを丸山眞男は前段で指摘している。

 かつて大阪の漫才師人生幸朗は「まあ、皆さん聞いてください」

と始まる「ぼやき漫才」で、汚職が絶えない政治家をネタにして揶

揄い、相方の生方幸子が「怒って来はったらどうすんの?」とフル

と、政治家を真似て「謝ったら終いやないかい!」とボケて、無力

な庶民のやり場のない怒りをシニカルに笑い飛ばしてくれたが、と

ころが今や個人が改悛して自らの責任を取ろうとしても、非難の矛

先は親兄弟や勤め先まで及び、いくら本人が「謝っただけでは済ま

されない」リゴリズムの無限連鎖的責任論が高まっている。かつて

は、反論など許されなかった国民に「一億玉砕」を命じ、敗れると

一転、その責任を国民に負わせて「一億総懺悔」を強いたこの国の

全体主義は未だその呪縛力を失っていないのだ。苦情対応に悩む会

社では「誠意を感じてもらえる」謝り方を「マニュアル化して教え」

、いよいよ我々は礼儀の道を究めて聖人に到らんと励み、厳格な道

徳を「当然とする無形の社会的圧力」の下で、ドイツ人教授が見聞

した「異様な光景」が、我々にとっては至極当たり前の光景になら

ないように願うばかりで、「虎ノ門事件」や「御真影」の顛末を過

去の出来事と嗤えるほど、始めに紹介した少女が負わされた責任の

ように、人権が認められた社会で暮らしているわけではない。 

 ところでその少女、と言ってもう二十歳を越えている彼女は、小

学生の時に父親を事故で亡くしており、彼女の母親は飲食店を営み

ながら彼女ら4人の子供を育てたが、今年の初め、その母親は娘が

建ててくれた家の三階から飛び降りて自殺した。

                                   (完) 
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