「捨てえぬ心地」(2)

2011-03-22 01:28:47 | 「パラダイムシフト」
        「捨てえぬ心地」


           (2)


 果たして我々は、文明を捨てて自然の中へ再び戻って暮らすこと


など出来るのだろうか?その疑問に答えてくれるかもしれない文章

を見つけました。

 以下は、フランスの思想家、ジャン・ジャック・ルソーの「人間

不平等起原論」(本田喜代冶・平岡昇 訳[岩波文庫、青623‐2]

から、『原注(P)ー95ページ』の一部です。後半は引用の引用にな

ります。時代は1750年代です。



 「何年も前からヨーロッパ人たちが世界のさまざまな地方の未開人

たちを自分たちの生活様式に引き入れるために苦心しているにもか

かわらず、彼らがまだそういう未開人をただの一人も獲得すること

ができず、キリスト教を利用してもできなかったことは、きわめて

注意すべきことである。というのは、わが宣教師たちは、ときおり

彼らをキリスト教徒にすることがあるが、文明人にはけっしてしな

いからである。われわれの習俗を採用し、われわれのような暮らし

方をすることに対して彼らがいだくおさえきれない嫌悪の情は、何

ものによってもこれを制御することはできない。もしもこれらの哀

れな未開人たちが人々のいうように不幸であるならば、いったい、

どんな想像も及ばない判断力の退化によって、彼らは、たえず、わ

れわれを真似て文明化したり、あるいはわれわれの間で幸福に暮ら

したりすることを学ぶのを拒否するのであろうか?ところが、一方、

フランス人たちやその他のヨーロッパ人たちがわざわざ進んでこう

した国民の間に逃れ、非常に奇妙な生活様式をもはや棄てることが

できなくなって、そこでその全生涯をすごしたというような記事を

われわれは無数の箇所で読んだり、分別に富んだ宣教師たちさえ、

それほどに軽蔑されているそれらの民族のもとで過ごした平和で無

垢な月日を感動をもってなつかしがっているのが見かけられたりす

るではないか。もしも人々が、彼らには自分達の状態とわれわれの

状態とを健全に判断するだけの知識がないのだと答えるならば、私

はこれを駁して、幸福の評価は理性よりもむしろ感情にかかわるの

だと答えよう。もっともこの返答は、さらに大きな力をもってその

ままわれわれにはね返ってくるかもしれない。なぜなら、われわれ

の観念と、未開人がその生活様式に見出している趣味を理解するた

めに必要な精神状態とのへだたりは、未開人の観念と、彼らにわれ

われの生活様式を理解させうる観念とのへだたりよりも、さらに大

きいからである。実際、若干の観察を行ったのち、われわれの仕事

はすべてただ二つの対象、すなわち、自分のためには生活の安楽と、

他人の間では尊重されることにむけられているのを認めることは、

彼らにとって容易なのである。しかし、未開人がただひとりで森の

中でその一生をすごしたり、釣りをしたり、あるいはたった一つの

調音も出すことができず、それを覚えようという気もなくて、下手

な笛を吹いたりすることに味わうような快楽を、われわれが想像す

る手だてはどうだろうか。」


 ‐--------中段略(ケケロ脱走兵)-------


「喜望峰のオランダ宣教師たちのあらゆる努力によっても、ただ一

人のホッテントットをどうしても改宗させることができなかった。

ケイプタウンの総督ファン・デル・ステルは、一人のホッテントッ

トを幼少の頃からつれてきて、キリスト教の原理にのっとり、また

ヨーロッパの習慣に従って彼を育てさせた。人々は彼に立派な着物

を着せ、いくつかの国語を学ばせた。そして、彼の進歩は彼の教育

のために払われた骨折りに充分に応えるものがあった。総督は大い

に彼の才智に望みをかけ、一人の監督官とともに彼をインドへ送っ

たが、その監督官は彼を有効に会社の事務に使った。彼は監督官の

死後、ケイプタウンに戻ってきた。帰ってからいく日もたたないう

ちに、彼は、親戚のいく人かのホッテントットを訪問したとき、そ

のヨーロッパ風の装身具をかなぐり棄て、ふたたび羊の毛皮を身に

つけようと決心した。彼は今まで着ていた服を入れた包みを背負い、

その新しいよそおいで保塁へ帰ってきた。そして、その包みを総督

に差し出しながら次のような口上を述べた。『閣下、わたくしがこ

のような衣装を永久に捨てることにどうか注意していただきたい。

わたしはまた全生涯を通じてキリスト教を捨てます。わたくしは、

わたしの先祖たちの宗教と風俗と慣習のなかで生き、そして死ぬこ

とを決心しました。あなたに申し上げたいたったひとつのお願いは、

わたしのつけているこの頸飾りと短剣とをこのままわたくしに残し

ていただくことです。わたしはそれをあなたに対する愛のために保

存するでしょう』こう言うがはやいか、ファン・デル・ステルの答

えも待たないで、彼は逃げ去ってしまった。そしてそれ以後彼はケ

イプタウンで再び見られたことはなかった。」(旅行記総覧)「第

五巻 P175.」


                         (つづく)


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