「捩じれた自虐史観」⑧
欧米列強の進出と精神文化を共有してきた近隣諸国との間に挟ま
れてわが国は、少なくとも戦後までは欧米列強の植民地支配からア
ジア諸国を解放するために戦ったのかもしれないが、と言うのも近
隣諸国は決してそんなふうには思っていないからで、何故なら、日
本軍の降伏は彼らにとって日帝支配から解放された勝利だと言うの
だから。こうして敗戦後は戦勝国である大国アメリカに従わざるを
得なかった。占領軍によって帝国憲法は破棄され皇国史観は否定さ
れ捩じれてしまった。つまり、日米戦争で敗れた結果、われわれの
国家史観は自虐的にならざるを得なかった。わが国は、アメリカに
対して例えるなら「一言半句の理屈を述ぶること能わず、立てと言
えば立ち、舞えと言えば舞い、その柔順なること家に飼いたる痩せ
犬のごとし」(『学問のすゝめ』)でまさに自虐的である。ところが、
アメリカに服従して高度経済成長を成し遂げると、その捩じれた感
情は一転して途上国の近隣諸国へ向けられるようになった。だが、
強い者に対する自虐的感情は弱い者に対する虐げとなって表れる。
わが国のナショナリストたちが批判する「自虐史観」とは、そもそ
も戦勝国アメリカに対する捩じれた国家史観であって、その自虐史
観が近隣諸国に対しては捩じれが撥ね返って「独善史観」となって
表れる。つまり、彼らこそが「自虐史観」に染まっているのに、そ
のことにまったく気付いていない。
(つづく)