「あほリズム」 (328)―(332)

2013-09-09 23:18:22 | アフォリズム(箴言)ではありません



       「あほリズム」


        (328)


 われわれが自虐的であるのは、われわれの社会が序列道徳を重ん

じ立場の弱い者に「慎み」や「謙虚さ」を美徳として強いてきたか

らではないか。では、われわれの美徳である「慎み」や「謙虚さ」

を他方で自虐的だと貶すことは、われわれの道徳文化を否定する

ことにならないのだろうか?つまり、この国のナショナリストたちは、

内に向けては自虐道徳を説き、外に向かっては自虐的であるなと

言う。つまり矛盾している。



         (329)



 「慎み」や「謙虚さ」は、相手の「思いやり」に応えるための美

徳である。ところが、相手が「思いやり」など持ち合わせない時、

それらの美徳は一転して自虐的に映る。では、これを自虐史観に当

て嵌めてみると、われわれは過去の過ちを謝ったが彼らは許さなか

った。つまり、われわれが自虐的なのではなくて、彼らが「思いや

り」を示さなかっただけのことではないか。



          (330)


 いまや、われわれが彼らの癒えぬ恨みを労わるしかない。

 つまり、われわれが自虐的に映るのは、われわれが彼らを

 思いやっているからなのだ。



          (331)


 しかし、「思いやり」が相手の胸に届くとは限らない。 



  
           (332)


 儒教道徳は身分の違いによって道徳が異なる。権力者は人々を道

徳に従わせても自らはそれに与らない。つまり、「お前には許さないが、

俺には許される」。この不公平な序列道徳こそが儒教思想である。

つまり矛盾している。





「無題」 (十七)―⑨

2013-09-09 04:55:26 | 小説「無題」 (十六) ― (二十)



               「無題」


               (十七)―⑨



 それぞれが腹の中の想いを言葉にして吐き出すと、そこに酒が埋

められた。すでにバロックは横になって手枕をして夢と現の境を彷徨

っていた。誰かが「さて」とだけ言えば、誰もが身を起こしてお開きに

する雰囲気が漂った頃合いに、それまで人の話しを聴くばかりだった

佐藤さんが、

「私は、じつは津波で部下を亡くしましてね」

と話し始めて、突然の告白に誰もが言葉を失った。

「あの時、私は海岸沿いの小さな郵便局に居ました。まあ年功だけ

で不相応にも局長をやってましたが、」

そう言ってから、始めに口を付けてから手にしなかったお猪口に徳

利の酒を注いでからゆっくり飲み干した。そして、

「まさかあんな大きな津波が襲ってくるとは思いもしなかったです

からね。もちろん津波警報が鳴っていましたが、郵便局は海岸線か

らは少し離れてましたからね」

わたしは佐藤さんの徳利を取って彼の前で傾けると、彼は軽く会釈

をしてから持っていたお猪口で受け、少し口を付けただけで御膳の

上に戻した。

「あの日は金曜日だったでしょ、休み前でしかも地震が起きた3時

頃といえば一番バタバタする時間なんですよ」

大きな息を吐いてから彼は続けた、

「地震の後、私はみんなに避難するように言ったんですが、あ、み

んなといっても私を含めて5人だけなんですが、ところが一人しか

いない男性社員が残ると言ってくれて、実際、局の中は地震でメチ

ャメチャでしたからね、個人情報もありますしそれにATMもある。

彼がそう言ってくれたのは有難かった。放ったらかして逃げるのは

気が引けましたからね」

佐藤さんはそこまで言うと、先ほど置いたお猪口を手に取って一息

に飲んだ。そして、

「ただ、危なくなったら何も持ち出さずにすぐに逃げるように言い

残して、私と女性社員だけで避難場所のある高台に向いました」

われわれは黙って聴いていた。

「彼は本採用じゃなかったんですよ。契約社員としておよそ3年間

真面目に務めてきて、ま、私も推薦したんですがこの4月からやっ

と正社員の内示を貰ったばかりでとても喜んでいました。だから職

場を放置したまま逃げることなど出来なかったのかもしれません」

「そのちょっと前には彼のお母さんがわざわざ礼を言うために私の

家を訪ねて来られたほどですから」

「すでに避難場所には大勢の人が集まってました。そこからは郵便

局の建物が良く見えるんですよ。あの日は寒い日でしたからね、ず

いぶん時間が経つのが遅く感じました。そしてしばらくすると沖の

の海面から白い波の線がジワジワとこっちに近付いて来るのが見え

ました。波しぶきはそれほど高くなかったのでホッとしたほどです。

彼のケイタイに通話した女子社員がそのことを伝えました。私はそ

のケイタイを取って彼に何度も危ないと思ったらすぐに逃げろと言

いました。彼は笑いながら分りましたと答えてました。ところが、

その後から波を立てない信じられないほど大きなうねりが押し寄せ

ていることに気付いた時にはもうどうしようもありませんでした。私は

何度も彼に逃げろと叫びましたがすでに逃げ場所はありませんでし

た。女子社員たちがケイタイに泣き叫びながら呼び掛けても何も答

えなくなって、たぶんそんな余裕はなかったんでしょう、私たちはどす

黒い津波に呑み込まれて遂には瓦屋根だけしか見えなくなった郵便

局が押し流さていくのを見詰めながら、その中に閉じ込められた彼の

無事だけを祈って掌を合わせることしかできませんでした。」

佐藤さんは話し終えると、手酌を繰り返して二合徳利を空けてしまっ

た。


                                   (つづく)