「無題」 (十七)―⑤

2013-09-24 13:52:56 | 小説「無題」 (十六) ― (二十)



        「無題」


         (十七)―⑤


 バロックの嫁さんが湯から上がってくると、達磨のように動かな

くなった父親を見て、

「お父さん、お父さん!」

と、悟りを会得したかに見えたゆーさんを迷いの世界に呼び戻して

棲家のねぐらへと連れ帰った。わたしは、彼女に囲炉裏で焼いた「

しんごろう」(南会津の郷土料理)が出来たので座って食べて行けば

と言うと、横からバロックが、「こいつ、囲炉裏の煙とかもダメな

んですよ」と、彼女の事情を説明した。彼女は、

「以前はこの部屋にも入れなかったんですけど、だいぶ気にならな

くなりました」

すぐにサッチャンが飛んできて、彼女が運び出そうとする酔いつぶ

れたゆーさんを片方から支えた。そしてサッチャンに礼を言いなが

ら、

「きっと、ここの湯のお蔭よ」

と言って笑った。ゆーさんは迷いの世界に戸惑っているのか意識が

宙に浮いたままで身に収まらず、寝言のようなことばを残して去っ

た。しばらくしてバロックは、さきほどのわたしの話を引き継いだ。

「いま、竹内さんが言ったことは、ここでは理解されるかもしれへ

ん」

わたしは、

「えっ、何のこと?」

「順番ですよ、自然、人間、文明、の」

「ああ、そうかもしれませんね」

「自然環境の重要性を一番知っているのは福島なんやから」

「そうですよね」

「意識の転換が福島から生まれなければ、こんな目に遭った意味が

ない」

「ええ」

「たとえば、今後原発の再稼働が求められたら、福島に残された原

発ほど再び事故が起こった時に被害が少ない地域は他にないわけで

しょ」

「もう誰もいないから?」

「ええ」

「しかし、それって沖縄の基地問題の発想と同じだね」

「ええ、ゴミは一つ所に集めろってことです。実際、もうすでに

地方は東京の植民地なんやから」

「つまり、こういうことですよね。東京の、文明、人間、自然、の

世界観に対して、地方が、とりわけ福島から、自然、人間、文明、

への原点回帰が始まらなければならないと」

「そうでないと福島はいずれ原発のゴミ捨て場にされてしまう」


                         (つづく)