「真理とは幻想である」
或るものを、持続的に存立する堅固なものと言う意味において存
在的なりと表象することは、一種の価値定立である。《世界》の真
なるものを、それ自体で持続的に存立している永遠不変なるものへ
持ち上げるということは、とりもなおさず、真理を必然的な生活条
件として生そのもののうちに移すということなのである。しかしな
がら、もしも世界が不断に変遷する無常なものであるとすれば、も
しも世界が過ぎ去り行く不定なものの無常なものにこそその本質を
もっているのだとすれば、そのときには、持続的に存立する堅固な
ものという意味での真理は、それ自体としては生成しつつあるもの
をたんに固定化して打ち固めたものにすぎず、この固定化は、生成
するものに照らしてみると、これにそぐわないもの、これを歪曲す
るものでしかないであろう。正当なものとしての真なるものは、か
えって生成に即応しないことになるであろう。そうなると、真理は、
不=正当性であり、誤謬であり――たとえ必然的なものかもしれな
いが、やはり一種の《幻想》となるであろう。
こうしてわれわれは、真理とはひとつの幻想であるというあの異
様な箴言が、そこから告げられる方向へ、はじめて眼を向けること
になる。
ハイデガー著『ニーチェ』Ⅱ 平凡社ライブラリー(1―認識とし
ての力への意志 「《生成》としての世界と生」より抜粋)