「二元論」
(3)のつづき
木田元氏は著書「ハイデガーの思想」(岩波新書268)の中で
ハイデガーが思想的転回(ケ―レ)を余儀なくされた経緯を推察して
書いていますが、それによると、「ハイデガーは人間を本来性に立
ちかえらせ、本来的時間性にもとづく新たな存在概念、あそらくは
〈存在=生成〉という存在概念を構成し、もう一度自然を生きて生
成するものとして見るような自然観を復権することによって、明ら
かにゆきづまりにきている近代ヨーロッパの人間中心主義文化をく
つがえそうと企てていたのである。」これだけ読むとりっぱな文明
批判で自然に帰れと言ってるとしか思えないですが、いくつか補足
すると、科学技術は「自然は制作のための単なる〈材料・質料〉」
と看做し、「〈存在=現前性=被制作性〉というアリストテレス以
来の伝統的存在概念は、ハイデガーの考えでは、非本来的な時間性
を場としておこなわれる存在了解に由来する。」つまり、われわれ
が自然と向き合う時に、われわれは本来的な時間性の場である「自
然=内=存在」として存在するのか、それとも「自然は制作のため
の単なる〈材料・質料〉」としか見れないとすれば、われわれは非
本来的な時間性を場とする自然の外へ一歩踏み出すことになる。
*「時間性」(テンポラリテート)はハイデガー哲学にとっては中心と
なる重要な概念ですが、実はよく解ってないのでもう少し勉強してか
ら取り上げます。
(つづく)