その頃は今みたいにライヴ通いをする習慣は無かったのだが、かつて甲斐バンドがヒットを続発していた時代から、彼らのライヴを目撃する機会は全く無かった。
それが、去年のいつ頃だったか、WOWOWで何度目かの復活を遂げた甲斐バンドのライヴを観ていたらば、柳ジョージとレイニー・ウッドでキーボードを弾いていた上綱克彦がゲストで登場して、今は亡き柳ジョージとレイニー・ウッドのナンバーを2人でやっているのを見て好感を持った。
そう、ワタクシはどっちかというと柳ジョージの方が好きだったので。
以来、甲斐よしひろ個人に対する興味が沸いてきたところ、甲斐よしひろと押尾コータローとの共演情報をつかんだので、ちょいと離れた場所だったが、去年の11月16日に行ってみた。
この2人の競演は既に何度か実現していたみたいだが、ポスターでもチラシでも甲斐よしひろと押尾コータローとが対等の扱いになっていたので、それもまた興味をそそったわけだ。
会場は初めて行った滋賀県の守山市民ホールで、守山市の地面を踏んだのもこの時が初めてだった。
事前に調査したとおり、ホール周辺の施設との共用の無料駐車場があるのだが駐車台数に限りがあって、早めに着いてクルマを置いて散策していたらば、ホールの裏手の空き地にかなり広めの臨時駐車場が用意されていたのを見つけて、ちょっと早く到着し過ぎたかなぁ、、、、と、時間を持て余している自分自身に苦笑いしつつ、クルマの中に戻ってコンビニの寿司弁当を食したり、文庫本を読みながら時間をつぶした。
客席は静かな大人達でほぼ満席状態だったが、開演して、アコギ片手に甲斐よしひろが登場したとたん、前から5列ぐらいの観客が一斉に立ち上がってしまった。
「あ~あ、やはりスタンディングになってしまうのか」
腰痛持ちのワタクシ(この日は調子が悪かったわけではないが)にとって、ず~っと立ちっぱなしという状況はできるだけ避けたかったのだが、最前列から順々に立ち上がりだして、ついにワタクシの前の列の人まで立ち上がってしまったので座ったまんまではステージが見通せなくなってしまった。
こうなると立ち上がらざるをえないので、あきらめてスタンディングに参加した。
ステージに登場した甲斐よしひろは想像したよりも小柄で、左利きでアコギを弾きながら『ポップコーンをほおばって』を歌っている。
初めて聴いた甲斐よしひろのヴォーカルは思ったよりも強い声で、サビの部分で前列に立ち上がった人達が曲に合わせていっせいに右手のこぶしを振り上げている。
『ポップコーンを』の部分では右拳をじっと上げておいて、続く『ほおばって』の部分で3回続けて上に突き上げるという(おそらく昔からの)決まり事を学習しながら、PA装置から聴こえて来るアコギの音になんだか違和感を感じた。
違和感の理由はすぐに判明した。
甲斐よしひろは左利きなのに右利き用のギターをひっくり返して弾いているのだが、弦の張り方も右利き用そのまんまで弾いている。
普通、ギターの弦は6本あって、構えた時に一番低い音を出す6弦が一番上に位置する。
一番低い6弦から一番高い1弦までピックで振り下ろすと、弦の間にかすかな距離がある分、瞬間的にだが6本の弦が鳴る時に時間差が生じる。
その時間差を含めた音が塊となってギターの音として聴き手に届く。
左利きの人は左利き用のギターを使うか、右利きギターを使うにしても低い弦が上になるように弦の張り方を変えて使う人が多いのだが、ステージを見た限り、甲斐よしひろは弦を張る順を変えないそのまんまの状態でギターをひっくり返して左利きで弾いているので、ピックを振り下ろすと一番上にある(一番高い音を出す)1弦から一番下にある(一番低い音を出す)6弦が順番になるわけで、どうしても高い弦の音が時間差の先頭に鳴る事になる。
だから、この人が弾くギターのサウンドはキラキラした高音が強く聴こえているらしい。
こういう弾き方をすると、フィンガーピッキングがやり辛いと思うのだが、まさかスリー・フィンガー・ピッキングでPPMを唄う事は無さそうなので、ま、影響は無いだろうなと納得しながらも、左利きギターのサウンドに酔いそうになる。
3曲ほど弾き語りのソロで演奏したあと押尾コータローが登場して、2人の競演がいきなり全開となる。
アコギのソロだけの押尾コータローのライヴは何度か聴いてはいたが、ヴォーカリストのバックでの演奏を聴くのは初めてだった。(途中から、アコーディオンやらマンドリンやキーボードやらを弾く人がもう1人参加。)
相変わらず技術的にはすんごい事をやっているのが確かなのだが、それよりも甲斐よしひろの左利きギターのサウンドが新鮮すぎて、聴いていると時々意識がどっかに浮かんでいきそうになり、昔からの甲斐バンドファンが多数を占めるらしいその勢いに押されながら、そんなライヴだった。
終演後、ホールからホテルに向かうと、思っていたよりもその距離が近くて、これなら歩いて行けそうだと気付いた。
ホールに来るときにそれに気付かないというのもどうにかしているが、よく観察すると周辺には飲食店も何軒かあったが、今後、このホールに来る時にはあのホテルに泊まれば便利だろうと、しっかり記憶に蓄えておく事にした。