【 2013年1月30日 】 京都シネマ
いわゆる《法廷もの》で、時代はアメリカを二分して戦われた『南北戦争』の直後、奴隷解放を宣言したリンカーン大統領が暗殺された、その時である。
主犯のブースと共犯の男たちは逮捕され、それぞれ《相応の》判決がくだっていて、それに異議を唱える者はいないのだが、メアリー・サラットについてはそうではなかった。
彼女が生活のために営んでいた下宿屋にブースが出入りしていたことを根拠に、《アジトを提供していた》という罪で告発されたが、サラット自身は無実を主張する。
南北戦争に勝った北軍のリーダーである『大統領』を暗殺した一味を、《一刻も早く処罰して時勢を安定させる》というのが、北軍の上層部と世間の空気の大勢を占めていたが、元司法長官のジョンソン議員だけは違っていた。
「彼女には弁護を受ける権利がある」と主張するが、自分が弁護するのは立場上難しいとの考えで、元北軍大尉のフレデリックに弁護を押しつける。
フレデリック自身も他の北軍の盟友や多くの人々と同じように、犯人とその一味に対し怒りと憎しみを持っていたので、当然乗り気ではなかった。しかし、審理が進むにつれ、この裁判=【軍事法廷】のあり方に矛盾を感じ始める。
若い弁護士は親友や恋人まで失いながら、最後の反証を試みる。
緊張感あふれる綿密なストーリーの展開は、『それでもボクはやってない』(2007年、周防正行監督)を彷彿させる。
また、《どんな不利な状況の容疑者であっても、公正な裁判を受ける権利はある》とのメッセージと共に、《既成観念にとらわれないであらゆるもの疑ってみる》、《逆の立場から考えてみる》ことの大切さを、安田弁護士の《執念の行動》を追うことで示してくれたドキュメンタリー映画の感動作『死刑弁護人』(ドキュメンタリー、2012年、斎藤潤一監督)を思い起こさせる。
主役のメアリー・サラットを演じているロビン・ライトの凛々しい姿が印象的な映画だ。
それにしても、この映画タイトルの付け方【意味すること】がよく分からない。原題は【共謀者=Conspirator】なので、そちらのほうがわかりやすいと思うのだが。
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