【世界を知る力】 寺島実郎著 PHP新書(2010年1月刊)
明治の時代なら、一生涯ひとつの村から出ないで、その地で終わることがあたりまえの人生だったのに対し、現代はその行動範囲が桁外れになったばかりか、情報量も比較にならないくらい多く、価値観も倫理観も国の違いや国境すら感じさせない“グローバル”なやり方が横行している。
そんな現代で、世界中を駆け回り様々な人と対話する機会のある人の話というのは、耳を傾ける価値がある。
著者の問題意識は、
・人の意識は時代や環境に影響されやすい
・情報環境は発達して得る情報が多くても「世界を知る」ことはできない、の2点である。
著書の目次の主なタイトルを列記すると以下の内容である。
第一章 時空を超える視野
戦後という特殊な時空間
-アメリカを通じてしか世界を見なくなった戦後日本人
1.ロシアという視界
2.ユーラシアとの宿縁
3.悠久たる時の流れを歪めた戦後60年
第2章 相関という知
ネットワーク型の視野を持つ
1.大中華圏
2.ユニオンジャックの矢
3.ユダヤネットワーク
4.情報技術革命のもつ意味
5.分散型ネットワーク社会へ
第3章 世界潮流を映す日本の戦後
1.2009年夏、自民党大敗の意味
2.米中関係-戦後日本の死角
3.日本は「分散型ネットワーク革命」に耐えられるか
4.「友愛」なる概念の現代性
第4章 世界を知る力-知を志す覚悟
冒頭の「アメリカを通じてしか世界を見なくなった戦後日本人」という指摘は、後につづく内容のバックボーンになっていて、「アメリカというフィルターを通して眺める」から「戦前にさえ見えていたこともみえなくなってしまった」という。その最たるものが第2章と第3章でも触れる中国への見方の変化とアジア軽視の見方である。
第2章の「ユダヤネットワーク」で紹介されている「世界を変えた五人のユダヤ人」の話が面白かったので、長いが全文を紹介させてもらう。
『天上の国で、人類史上、偉人として知られている五人のユダヤ人が論議を交わしたという。テーマは「人間の行動を本質的に規定するものは何か」
まず、モーゼが、ものものしく戒めめるように断言した。「人間が人間であるための要素、それは理性である」。
次に、キリストがハートを指しながら、やさしく反論した。「いや、それは愛です」。
ふたりが「理性だ」「愛だ」といい合っていると、「とんでもない」という顔つきをしながらマルクスが宣言した。「すべては胃袋、経済が決定する」。
すると、「もっと本音で論議すべきだ」といって、フロイトが割って入った。「結局は、性、セックスなのだ」。
「理性だ」「愛だ」「胃袋だ」「セックスだ」と四人が侃々諤々論議しているところに、アインシュタインがやってきた。そして、舌をぺろりと出しながら、こういった。「いやいや、みなさん、すべてのことは相対的なのです」。(本書 P-91)
第3章では、2009年夏、自民党の大敗の意味の節で、《強迫観念にの似た「小泉構造改革」》と《民主党政権誕生のが意味するもの》が取り上げられ、小泉自民党の「改革」がいかに、まやかしだったか、アメリカ流グローバリズムを取り入れ、要はアメリカ企業が日本市場に自由に参入できるように、日本をアメリカ流に-規制緩和や民営化を進めたもので、同時に冷戦時代の産物である「日米安保体制」を見直すことなくアメリカへの過剰依存を一層高めつつ、イラク戦争にも加担し、金融資本主義の歪みまで共有する国に変えてしまったと断罪する。
これらのやり方に対する「ノー」という国民の反応が民主党政権を誕生させたと。
更に、《冷戦型世界認識から脱却せよ》の節で、「そもそも、独立国に外国の軍隊が駐留し続けていることが、いかに不自然であるか、私たち日本人は気づくべきだ。」と言い、「しかも、日本は現在も、米軍駐留コストの7割を負担しているのである。こんな例は世界にない。」とも言っている。
普天間基地の移転先探しで、アメリカのご機嫌を損なわないよう迷走する鳩山民主党政権に聞かせてやりたい話である。
日本の同様(向こうの方が先だが)、「チェンジ」を掲げたオバマが大統領選に勝利したことに関しても触れられているが、この点は別の本の書評の機会に言及することにしよう。
さて、最初の問題意識・問題提起の答えらしきものは終章の第4章の最後に出てくる。要旨を記すと以下のようになる。
著者自身が「・・ブッシュ政権によるイラク戦争の開始に強い気通りを感じ、(中略)世の「知識人」「文化人」の発する言葉がいかに空虚で、時に卑劣か、激しい苛立ちを感じてすごしていた・」と書いた後に加藤周一との対談での、次の言葉を示して以下のように締めくくっている。
「(加藤周一)『人間の尊厳を傷つけられれば怒る-それは精神の独立の証です。・・・(以下、略)』」
「私たちが「世界を知る」という言葉を耳にすると、とかく「教養を高めて世界を見わたす」といった理解に走りがちである。しかし、そのような態度で身につけた教養など何も役に立ちはしない。
世界を知れば知るほど、世界が不条理に満ちていることが見えてくるはずだ。その不条理に対する怒り、問題意識が、戦慄するがごとく胸にこみ上げて来るようにならなければ、人間としての知とは呼べない。単なる知識はコンピュータに詰め込んでおけばよい。」
真摯に考え、心底の思いを実直に語る内容は迫力がある。読み終えた後、思わず身震いした。
「世界を知る力」(PHP研究所)-紹介サイト