【車で大混雑するナポリ市街とベスビオ火山】
南イタリア旅行記、第3回
【2010年2月14日】
ローマからカゼルタまでは行程約200キロ。『A1』という、日本でいえば国道1号か名神高速に相当する主要高速道路で行けば2時間ほどで行ける距離である。
現地時間午後1時前、昼食休憩でカゼルタ手前のホテルのレストランに入る。イタリアの土を踏んで初めての食事で早速ワインをいただく。機内でも3度の食事にワインを飲んでいたから体は既にワイン漬けであるが、水も有料で(ワインの半値くらい)ジュースの方がワインより割高だったら当然ワインを注文することになる。
料理はツアーに付いてくるお任せのコースだから多くは望めない。
バスに戻り、ほどなくカゼルタの街に到着。バスをどこに停めるのかと思ったら、宮殿の前の広い庭の地下がそっくり駐車場になっていた。
現地のガイドさんと合流する。イタリアはどこに行っても現地のガイドが同行しないと観光できないようだ。以前来たときも、日本語をしゃべれるのならともかく、現地の言葉で話す解説を添乗員が翻訳して解説するという訳のわからないことがあった。どうしてそんなにまだるっこい事をするのだろうと思ったが、雇用を確保するという政策があるようだ。
今回の現地ガイドは日本語が流暢だ。しかし、話をそこそこに、建物に見とれて写真を撮り回る。
ともかくでかい。宮殿の前に立つとどんな巨人がこの宮殿に住んでいたかと思う。
中はブルボン王朝のそれらしく、ベルサイユ宮殿のように華やかだ。
1200以上もあるという部屋のごく一部を見て、バスに戻る。
広い庭の向こう、遠くにベスビオ火山らしき山が見える。
ナポリの街は喧噪の中にあった。
シドニー、リオと並んで世界の三大美港の1つと謳われ、ナポリ民謡から想像するナポリはどんなに美しい情緒ある街かと思っていたが、車窓から見た最初の印象は、ゴミの散乱するスラム街のようだった。
話を聞くと、ゴミの回収・処理を巡りマフィアが絡み面倒な政治的課題となっているそうな。
イタリアの車はどこの街に行っても汚く泥だらけであるが、ここは更に汚く、また所かまわず停めてあるので余計せせこましく見える。
もっと驚いたのは、車の運転の強引なことだ。強引を通り越してむちゃくちゃである。車線変更も割り込みもやり放題である。
ちょうど日曜日であるその日は地元でサッカーの試合があり、試合開始前の選手の登場をホテル前で待ちかまえる観衆が殺到し、ホテル前は群衆と路上に放置された車で大混雑になっていて、そこに遭遇してしまったものだから、余計大変だったようだ。
それにしても、ぶつかるように突っ込んでくるむちゃくちゃぶりは、マナーの悪さでは定評のある大阪人をして
「大阪の交通マナーの悪さ、乱暴な運転なんて、ここに来りゃ、かわいいもんやな。」と言わしめるほどだ。いずれにしても、バスの中の人間はナポリでは運転したくない、との見解で一致したようである。
サッカーファンで大混雑した事は別として、旧市街の歴史的地区はナポリの雰囲気を感じることができた。王宮やヌオーヴォ城(新城)を車窓から眺めただけで、ややもの足りない気がしたが、南に行くほど物騒と聞いていたイタリアで、ナポリはローマ以上に“危険”な場所との思いから、旅行代理店の配慮でそうしたのかと思ったりしたが、やはり降りてゆっくり観光したい所だっだ。
【王宮近くのヴィットリア・トンネル入口付近】
『卵城』では写真撮影のため、2~3分だけバスを降りて景色を眺めたが。
【サンタルチア港・卵城付近の路上からのベスビオ火山】
夕暮れ迫るナポリの旧市街の渋滞を後にして、その夜はナポリ郊外の『アメリカン・ホテル』に宿泊。
シングル・ルームと思われる部屋は荷物の置き場所に困るくらい狭く、快適とは言い難かったが、日本からの長旅と機内で仮眠しかできないまま、1日の観光を終えた身では、贅沢を言う間もなく、シャワーを浴びると早々に寝てしまった。
【2010年2月15日】 旅行3日目。
イタリアの朝食は簡単というかお粗末である。日本の宿なら、バイキング形式でも、和食はあるは洋食はあるはで迷うくらいの食べ物がそろっているのに、イタリアでは基本的にパンとコーヒー、それにチーズとハムが付いてくればそれで充分のようだ。野菜もなければ味噌汁に代わるようなスープも付かない。
替わりにコーンフレークのような牛乳をかけて食べるようなものが数種類どこのホテルでも置いてあるが、あれは苦手だ。
今日の予定は、マテーラと洞窟住居ととんがり屋根のアルベロベッロの観光で、イタリアの長靴のかかとを目指す。
郊外のホテルから通勤の車で混み合う高速道路を走って行くと、朝靄の中にナポリの市街地とナポリ湾と、さらにその向こうに背後から斜めに朝日の差すベスビオの姿が浮かぶ。
その幻想的な風景に、バスの中から歓声が上がる。
「これがナポリだ。」
『ナポリを見て死ね』といわれる風景がそこにあった。
【つづく】
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南イタリア旅行記、第3回
【2010年2月14日】
ローマからカゼルタまでは行程約200キロ。『A1』という、日本でいえば国道1号か名神高速に相当する主要高速道路で行けば2時間ほどで行ける距離である。
現地時間午後1時前、昼食休憩でカゼルタ手前のホテルのレストランに入る。イタリアの土を踏んで初めての食事で早速ワインをいただく。機内でも3度の食事にワインを飲んでいたから体は既にワイン漬けであるが、水も有料で(ワインの半値くらい)ジュースの方がワインより割高だったら当然ワインを注文することになる。
料理はツアーに付いてくるお任せのコースだから多くは望めない。
バスに戻り、ほどなくカゼルタの街に到着。バスをどこに停めるのかと思ったら、宮殿の前の広い庭の地下がそっくり駐車場になっていた。
現地のガイドさんと合流する。イタリアはどこに行っても現地のガイドが同行しないと観光できないようだ。以前来たときも、日本語をしゃべれるのならともかく、現地の言葉で話す解説を添乗員が翻訳して解説するという訳のわからないことがあった。どうしてそんなにまだるっこい事をするのだろうと思ったが、雇用を確保するという政策があるようだ。
今回の現地ガイドは日本語が流暢だ。しかし、話をそこそこに、建物に見とれて写真を撮り回る。
ともかくでかい。宮殿の前に立つとどんな巨人がこの宮殿に住んでいたかと思う。
中はブルボン王朝のそれらしく、ベルサイユ宮殿のように華やかだ。
1200以上もあるという部屋のごく一部を見て、バスに戻る。
広い庭の向こう、遠くにベスビオ火山らしき山が見える。
ナポリの街は喧噪の中にあった。
シドニー、リオと並んで世界の三大美港の1つと謳われ、ナポリ民謡から想像するナポリはどんなに美しい情緒ある街かと思っていたが、車窓から見た最初の印象は、ゴミの散乱するスラム街のようだった。
話を聞くと、ゴミの回収・処理を巡りマフィアが絡み面倒な政治的課題となっているそうな。
イタリアの車はどこの街に行っても汚く泥だらけであるが、ここは更に汚く、また所かまわず停めてあるので余計せせこましく見える。
もっと驚いたのは、車の運転の強引なことだ。強引を通り越してむちゃくちゃである。車線変更も割り込みもやり放題である。
ちょうど日曜日であるその日は地元でサッカーの試合があり、試合開始前の選手の登場をホテル前で待ちかまえる観衆が殺到し、ホテル前は群衆と路上に放置された車で大混雑になっていて、そこに遭遇してしまったものだから、余計大変だったようだ。
それにしても、ぶつかるように突っ込んでくるむちゃくちゃぶりは、マナーの悪さでは定評のある大阪人をして
「大阪の交通マナーの悪さ、乱暴な運転なんて、ここに来りゃ、かわいいもんやな。」と言わしめるほどだ。いずれにしても、バスの中の人間はナポリでは運転したくない、との見解で一致したようである。
サッカーファンで大混雑した事は別として、旧市街の歴史的地区はナポリの雰囲気を感じることができた。王宮やヌオーヴォ城(新城)を車窓から眺めただけで、ややもの足りない気がしたが、南に行くほど物騒と聞いていたイタリアで、ナポリはローマ以上に“危険”な場所との思いから、旅行代理店の配慮でそうしたのかと思ったりしたが、やはり降りてゆっくり観光したい所だっだ。
【王宮近くのヴィットリア・トンネル入口付近】
『卵城』では写真撮影のため、2~3分だけバスを降りて景色を眺めたが。
【サンタルチア港・卵城付近の路上からのベスビオ火山】
夕暮れ迫るナポリの旧市街の渋滞を後にして、その夜はナポリ郊外の『アメリカン・ホテル』に宿泊。
シングル・ルームと思われる部屋は荷物の置き場所に困るくらい狭く、快適とは言い難かったが、日本からの長旅と機内で仮眠しかできないまま、1日の観光を終えた身では、贅沢を言う間もなく、シャワーを浴びると早々に寝てしまった。
【2010年2月15日】 旅行3日目。
イタリアの朝食は簡単というかお粗末である。日本の宿なら、バイキング形式でも、和食はあるは洋食はあるはで迷うくらいの食べ物がそろっているのに、イタリアでは基本的にパンとコーヒー、それにチーズとハムが付いてくればそれで充分のようだ。野菜もなければ味噌汁に代わるようなスープも付かない。
替わりにコーンフレークのような牛乳をかけて食べるようなものが数種類どこのホテルでも置いてあるが、あれは苦手だ。
今日の予定は、マテーラと洞窟住居ととんがり屋根のアルベロベッロの観光で、イタリアの長靴のかかとを目指す。
郊外のホテルから通勤の車で混み合う高速道路を走って行くと、朝靄の中にナポリの市街地とナポリ湾と、さらにその向こうに背後から斜めに朝日の差すベスビオの姿が浮かぶ。
その幻想的な風景に、バスの中から歓声が上がる。
「これがナポリだ。」
『ナポリを見て死ね』といわれる風景がそこにあった。
【つづく】
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本ブログで改めてツアーの日程を辿ると,ますますイタリアが恋しくもありますが、帰ってきても思い出を共有することが出来、とてもうれしく感じています♪これがツアーの醍醐味ですかね(^o^)
続きも楽しみにしています!!
今回の旅行、みなさんのおかげですごく楽しい記憶が残りました。また便りください。続き、がんばって書きます。
映画や山に登ったりと活動的でそのエネルギーには脱帽です。
今最も気になるのが「怖い絵」です。
旅行から帰って早くも10日。「続きを早く書かないと」と焦っています。
ところで、a-yamasan ってどちらからの人でしたか?ごめんなさい。
イタリアでは大変お世話になりました!!
帰ってからブログ何度か拝見させていただいています☆
ブログに載っている風景の写真はどれも私が写真に撮っていないものばかりで見る観点が違って楽しいです♪なつかしいぃ~
また更新楽しみにしてます!!