昨日は福島県いわき市にボランティアに行ってきました。
主宰はお馴染み「greenbird」。今年の東北支援ツアー第一弾。首を長くして待ってました(笑)
早朝代々木公園に集合。既に集まってる。今回の参加者は40人。女性が多い。
参加者の中に顔見知りが居る。心強い。
バスに乗り込んでいよいよ出発。リーダーから今年度活動の趣旨説明。
○昨年は仙台荒浜中心の支援だったが今年は福島いわきの支援も始める。
○いわき市は耕作地放棄率が高い。被害を受けた人が仕事が無く義捐金で
パチンコで遊んでる状況。そういった状況に危機感を抱いた若者達が
使用していない農地に綿や放射能に強い農作物を植えようとしてる。
○ともかく人手が足らない。ボランティアの支援が必要。
OK。福島の現在(いま)をしっかりと見て来よう。
バスは順調に進む。外には新緑が広がってる。とても美しい。
3時間程度走っていわきに到着。緑が広がり海もキレイ。とても美しい街。
幾つかの家が破壊されている。でも仙台荒浜や石巻よりは少ないかな?って感じ。
ただ久ノ浜は荒れ果ててる。一寸来て見ただけで「被害が少ない」なんて思っちゃダメだ。
時間が無くて浜をゆっくり見れなくて残念。でも瓦礫の中に花が咲いてるのが印象的だった。
作業場所の耕地は雑草が茫々と生えている。これを1日で除草する。大変そう。
現地のNPO「PEOPLE」のリーダーから活動内容の説明を受ける。
http://iwaki-j.com/people/
また、いわき市役所の方からこの1年の復興活動の冊子もいただく。
○1年経って復興も進んだ。仮設住宅や仮設商店街も出来た。
○山2つ向こうに原発があるが風の影響で放射能数値は標準。
○とても住みやすい街。ぜひ遊びに来て欲しい。
「福島=放射能が高い」わけじゃない。分かってる積りが「全部高い」
みたいなイメージを持ってた。恥ずかしいことだ。
一方で2つ山の向こうに原発がある。南相馬や浪江町では放射能に苦しむ。
そのことも忘れちゃイケナイし、放射能が高くない此処いわきは風評被害で苦しんだりしてる。
街は1つ1つ違う。そしてリスクも支援方法も違う。それをチャンと考えよう。
十羽ひとからげに安易に一括りにしちゃイカン。絶対イカン。
チームに分かれ作業開始。
顔見知りの20代男性、彼の知人、今回ボランティア初体験の大学生と一緒に作業。
他のチームではカップルで来てる人も居る。
ひたすら雑草を抜く。毛虫や団子虫がゴロゴロ出てくる。
仙台荒浜の農地は土がヘドロで汚れ虫はいなかった。ここには生命(いのち)がある。
午前中1時間程度作業しただけで結構進んだ。
お昼ごはんを食べながらボランティアに参加した動機を話す。
そのうち映画や好きな作家、漫画の話をしたりする。世代の違いがオモシロい。
別のチームの若い女性と伊坂さんや重松さん話で盛上がる。何か楽しいぞ。
午後もひたすら作業。徐々にペースが落ちてくる。足腰が痛い。
少しサボるか?でも、頑張ればその分復興は早まる筈だ。チャンとやろう。
別のチームの若い衆は音楽を鳴らし歌いながら作業してる。BGMはミスチル。
そうかぁ、ミスチルってこういう場所で頑張るとき聴きたい歌なんだ。
オレ?オレだと何だろう?元春?カーネーション?Coccoかな?
16時終了したとき雑草は粗取り除かれていた。最初見たときはムリと思ったのに凄い!
でも雑草を抜いただけ。これからも色んな工程が必要だしボランティア支援も当然必要。
若し将来農作物が収穫された際、このボランティア参加者が直接購入して支援。
そんなことが出来たらステキだと思う。
そう話したらPEOPLEリーダーは「まだ実験段階。色々考える必要がある」と仰ってた。
東京のオレが想像してるより遥かに現地の人は意識が高く現実的で前に進んでる。
今回は「前に進もう」としてる人たちのお手伝いを少しでも出来たかな?そうだとウ・レ・シ・イ♪
記念写真を撮って解散。「かんぽの宿」に向かう。窓の外には海岸。
一部の樹々は倒れたり大量の廃棄物が置かれている。
「かんぽの宿」で温泉に浸かる。腕、足、背中が痛い。
でも「痛い」というのは此処にいたという確かな証だ。
「福島いわきにオレがいた」という事実はオレのカラダに刻まれた。だから忘れない。
湯に浸かってると現地のおじさんが「ボランティアで来たの?」と話しかけてくる。
震災当初は「かんぽの宿」も閉鎖されていた。今は再開されている。
おじさん「今度は是非遊びに来てよ」と笑ってた。ウン、ぜひ来よう。
温泉の後、バスに乗って打上げ会の会場に。外にはキレイな夕空が広がってた。
市内の焼き鳥屋を貸し切りでお疲れ会。同じ席の皆さんと盛上がる。
ある女性はアートワークショップで東北を支援してたり、ある若者は
湘南でコミュニティ作りを進めてるNPOの活動に参加。
皆さん「今のままじゃダメだ。かえよう」という意識が高い。
ボクも今回のボランティアで感じたことを素直に話せた。
そう、以前からこういう話をしたかった。東北支援、原発、これからのこの国。
フランクに穏やかにユーモアを交えて。
お酒を呑み笑いながら色んな話をする。
アート、音楽、支援、普段できない濃い話ができた。刺激があった。
話は尽きず皆「また会って話したいですね」と云った。そう、また会いたいな。
帰りのバスは疲れと酔いでグッスリ寝た。代々木公園で解散。
何人かと一緒の電車で帰る。電車は遊び帰り?の人たちで満員。
毎回のボランティアでは東北から東京に帰る度にそのギャップを感じた。
でも、今回はそれは無かった。皆さんと話しながら帰ったおかげかな?
無事到着。嫁は待っててくれた。ヨモギは少し甘えてきた。疲れで熟睡。
疲れてるのに早く目覚める。嫁の寝顔を見て何か安心した。ウチはやっぱりイイ。
昨日もらった冊子を読む。この1年間の復興活動の記録が載ってた。
「他に比べて被害が少ない」なんてとんでもない。
震災・津波の被害、放射能と必死に格闘して来た。
現地の必死の踏ん張りと頑張りであそこまで復興したのだ。
1日行って見ただけで「分かったようなこと」を言った自分が恥ずかしい。
同時に、今回のボランティア、ホントに楽しかった。楽しめた。
大惨事を前に何も出来ない自分を呪い地震・津波への怒りから始めた活動だった。
でも、今回はボランティアの度に感じる「無力感、怒り、違和感」が無かった。
ただただ楽しかった。それは一緒に参加した皆さんのおかげだろう。たくさん話せたからだろう。
絆だの繋がりなんぞ信じないオレに若しかしたら新しい「繋がり」が出来たのかも。
もし、そうならそれは「行動した」結果だろう。やっぱり行動は必要だ。絶対。
そして、行動は当然続ける。来月・再来月は仙台荒浜にまた行く。
福島にも当然また行く積り。今回は行かなかったが南相馬にもいつか行く。
動かしてるのはもう怒りじゃない。罪悪感でもない。ただただ変えたい。だから行く。
因みに嫁に「今回カップルで参加してた。次回は嫁も一緒に行かないか?」と誘うと
「キミとは行きたくない」とアッサリ拒否。やっぱこのヒトには敵いません\(T▽T)/