僕と猫のブルーズ

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2年目~区切りはつけない

2013年03月11日 | 東北のためできること
今日は東北大震災311から2年目。
ボクは所用があって会社は休み。今、家で追悼式を見ながら書いている。
地震が起こった2時46分。東北を想った。
でも・・追悼はしなかった。できなかった。
実際に惨事が起きて大勢の方が亡くなったのは2時46分以降。
皆さんが逝った時間、場所、残した想い・・・それぞれ違う。
だから、「まとめて追悼」はしたくない。
追悼の代わりにただ東北を想った。悼んだ。

あれから2年・・・・・・・・・・・・・。
去年の「この日」は日曜日。1日中、TVの震災特集番組を視てた。
TVの中に溢れる悲惨な映像に、ひたすら向い東北の人が感じた恐怖、痛み
を同じように感じたいと思った。おかげでその後、一時的な欝になった。
我ながらバカ、と思う。でも、あのときはそうせざるを得なかった。
そうしなければ、自分の中にある「罪悪感、申しわけなさ」が消えない。
そう思ってた。
今年はそんなバカなことはしない。自分の感情も制御できている。
この1年東北を色々廻ってTVでも東北関連番組を視て流石に「慣れた」。

自分自身の変化とは別に、去年と変わっていないことが沢山ある。
TV、新聞から流れるのは「忘れないように。風化しないように」のみ。
次に何をするか?何をやるべきか?の議論はない。それは去年と同じ。
いや、きっとメディアも明確に「NEXT」を語れないんだろう。

それはオレも同じ。定期的にボランティアには行っている。でも、それだけ。
「もっと何か出来るはず」と思いつつ、新しいアクションは興せていない。
NPOや旅行会社の仕掛けに乗っかって数ヶ月に1度、瓦礫を除く「だけ」。
例えば自分でNPOを立ち上げて東北を支援する。東北に住んで何か始める。
いや、そこまでしなくても苦手なメンタル系のケアに挑戦する、とか。
それさえもしていない。できることの以上はしていない。しない。
所詮、その程度の覚悟だ。その程度の偽善だ。

あれから2年・・と言っても、何かが変わったワケじゃない。
何も進んでいない。復興は未だに遅々としてる。
それは実際に行って、この目で見て、イヤというほど感じている。
復興が進んでる場所もあるけど、それは景気が少し潤ったとかその程度だ。
津波、放射能、その他いろんなウスノロの邪魔で生活を取り戻せないヒトが多く居る。
個人それぞれの生活(くらし)、幸福、笑顔が本当に取り戻せているのか?
そう云えるか?云いきれるか?答えは、もちろん「NO!」だ。
まだ終わっちゃいない。区切りさえもついてない。

「2年目」だと?ふざけんな。
一斉に「みんなで」振返って、まとめてイベントにして、それで区切りをつける積りか?
その後は「ハイ、ここからは忘れて日常に戻りましょう」ってか?
ヤなこった。オレは忘れないし、振り返らないし、区切りもつけない。
絶対、終わらせもしない。「当事者」なんだから。

仙台荒浜の荒れ地に咲いたヒマワリ、福島相馬にはためいた旗。
石巻の荒れ果てた海岸、南相馬の誰も住んでいない街。
ボランティアを通じて話した東北の皆さん。あの日、視たもの、感じたこと。
オレの中で、ずっと生きてる。ずっと息づいてる。死んでない。
忘れられるワケがないだろう。区切りなんかつけられるワケがないだろう。

来週、福島県いわきと相馬に行ってくる。
大好きなコレクターズ、そしてChaboさんを見に。
福島の現在(いま)を視るために。自分の中に刻みつけるために。

まだ2年だ。終わらせねーぞ。終わらせてたまるか。まだまだ、だ。

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