もうずっと前から、俺の人生は冬眠しているようなものかもしれない。明けない夜はないと他人は言うけれど、俺の冬には春が来てはいけないと思い続けて随分の時間が経つ。俺には人生を楽しむ権利なんか無いんだ。
周りを見渡せばどいつもこいつもベタベタと友達同士っぽく振る舞い、いかにも毎日幸せそうな面で過ごしてやがる。そのくせ平気で足の引っ張り合いをやっている。
あいつらに誘われもしなきゃ、誘われたって行く気もしない。友達ごっこはごめんだ。そう、俺の友達はあいつがいなくなってからはもうどこにもいない。
久しぶりに夢を見た。あいつが悲しそうな顔で俺に言う。
「俺のことはもういいから、お前はお前の人生を見つめなおせよ。このままじゃお前、本当にダメになるぞ。」と。
ビックリして目が覚めた。俺は忘れようとしているのだろうか。
俺のせいであいつがいなくなったのにそんなに都合のいいことは出来ない。俺は一生忘れちゃいけないんだ。それがせめてもの償い。このまま死んだように生きていけばいいんだ。
毎日のように夢を見る。あいつはいつも悲しそうな笑顔で出てきて俺に言う。
「俺のことはもういいんだ。お前には明日がある。俺が出来なかったことを色々してくれよ。俺はお前のことをずっと見ているから。」と。
俺はどうすればいいんだ。あのことを無かったことになんか出来ない。一生背負って一生悔やんで生きていかなくてはいけないんだ。
昨日の夢はいつもと少し違っていた。あいつが嬉しそうな顔で俺に言った。
「なぁ、明日あそこの花屋でチューリップを買えよ。絶対だ。これは親友命令だからな!」
と、あいつは少しはにかんだような眩しそうな顔で、懐かしい台詞を口にした。
何かが融けたような気がして、今日、花屋でチューリップの鉢植えを買い窓辺に置いた。

チューリップの蕾に差す光の中からあいつの声が聞こえたような気がした。
「そう、それでいいんだ。」
春の兆しが見えた気がした。
(文字数:799)
by bunshoujuku [文章塾] [コメント(7)|トラックバック(0)]
コメント
_ くれび ― 2009年04月23日 15時34分21秒
生きている人間にはチューリップが必要なんです。その光を蓄えたつぼみの中にこそ人が生きていくための理由があるからです。友達はそれを教えてくれました。もう主人公が眠っていなければならない理由はありません。
_ 木の目 ― 2009年04月24日 12時22分53秒
幽霊とか死後の世界というのは、生き残った人にこそ必要な世界観ですよね。そういうものがあることで、精神の平衡を保てるような気がします。春から初夏にかけては、死んでいた精神がふたたび芽を出し葉を開く時期と重なるのでしょうか。
そんなことを考えました。
さてと、散ったばかりではいけませんので、こちらも芽を伸ばしますかね。
_ ウラジーミル・コマ子 ― 2009年04月26日 19時32分42秒
ぼくは書くことにかんしては技術しかないと(ミもフタもないことを)思っているふうなところがあるので、このナイーブさが新鮮に感じられました。お題に忠実すぎるのはマイナス点かもしれませんけれど、親友の死に責任があると暗示されている主人公の切実さは伝わってきます。
_ ukihaji-12 ― 2009年04月26日 22時03分54秒
人生須らくプラス志向で行く方が、万事うまく行く様な気がします。何とか為るもので、明けない夜は来ないと言うように、また心の春も巡り来るものです。
_ つとむュー ― 2009年04月29日 22時26分55秒
>懐かしい台詞を口にした。
この部分が良かったです。懐かしい台詞とは、”これは親友命令だからな!”の部分ですよね?(まさか、チューリップではないですよね。笑)
あいつがポジティブな台詞を言っているシーンを、主人公が夢で見る。その描写で、主人公の心の回復の兆しを強く感じました。
ということで、最後の一行は、なにか風景の描写でも良かったんじゃないかとも思いました。
_ おっちー ― 2009年05月02日 00時57分13秒
主人公の他者に対する優しさ、それに付随する『弱さ』が、春の訪れと共に吹っ切れ、『力強さ』・自分への優しさの誕生を予感させます。
最近思うんですが、他人に対して強い態度をとれないと、自分に対して優しくなれない。そしてそうやって自分を強く保たないと、長い眼で、他人に優しくはなれない。
そうではないかと思うのです。
厳しさも、冷たさも、優しさになるのではないか。
最近そう思っています。
_ よっぱ ― 2009年05月06日 14時42分21秒
みなさま、コメントをどうもありがとうございました。
これを励みに最終回にも何とか出席いたしたいと思います。
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このお話は、久しぶりに文章塾に顔を出してみようかと思って書いたものです。
現実とは何の関係もありません。
「兆し」というお題に一番最初に浮かんだのがこの写真でした。(たまたま撮ってすぐだったということも大いに関係あります(笑) ただこの写真を貼り付けた文章を書いてみたかっただけなんです。
実際の文章塾の方では、僕のメールの送り方が悪かったようで写真は付きませんでした(笑)
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