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広島電鉄の駅には、横川線が乗り入れる。系統上7号線・8号線が乗り入れる。
JR横川駅(南口)広場内東側にある。大屋根が電停を覆うように設けられており、雨の日でも濡れずにJR横川駅へ乗換えができるよう電停にも屋根がついている。
両のりばとも、7号線広電前行きおよび8号線江波行き電車が停車する。これは、1つの列車が横川駅電停を境に7号線と8号線を交互に運転すること(俗に三角運用と呼ばれている)があるためである(一部時間帯を除く)。頭上にLED式の発車案内が設置されています。横川駅電停にはほとんどの場合単車が乗り入れているが、朝夕ラッシュ時には連接車の乗り入れも設定されている。朝ラッシュには係員が案内をするが、広島駅のような集札員を配置した集札業務はひろしまフラワーフェスティバルのような大規模イベント開催時でないとおこなわれない。尚、2013年2月より新型車両(1000形)が導入された事により一日7・8号線合わせて24往復の設定がある。
横川駅電停直前の国道上にクロスオーバー線路を敷き、両ホームにおける入線と出発を可能にしている。1番線は線路の左右にホームが有り、1番ホームの向かい側を降車専用ホームにしている。降車専用ホームにはホーム番号は設定されていない。頭端式のホームには段差もなく、バリアフリー化されてます。
なお、2003年3月26日までは、横川駅前交差点の東側{旧国道54号線(現国道183号線)上}に1面1線の片面ホームの形で存在していた(白島電停と同じような構造)。
運行系統
1・2 7号線 広電前ゆき
8号線 江波ゆき
広島電鉄
1917年(大正6年)11月1日 - 広島瓦斯電軌(広島電鉄の前身)横川線開業。現在の横川駅付近に横川駅前電停、その先に三篠(みささ)電停が設置される。
1926年(大正15年)頃 - 三篠電停が横川電停に改称。
1941年(昭和16年)7月28日 - 横川駅前電停廃止。
1951年(昭和26年)7月19日 - 軌道を70m短縮し、横川電停を移設。移設前は横川駅前交差点東の道路上の1面1線の上り下り併用電停であった。
2001年(平成13年)11月1日 - 横川電停を横川駅電停に改称。
2003年(平成15年)3月27日 - 現在地に移転。
所属事業者 ■広島電鉄
所属路線 横川線
キロ程 1.4km(十日市町起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
(内1面は降車専用)
開業年月日 1917年(大正6年)11月1日
横川駅は国産乗合バス発祥の地でもあります。1905年(明治38年)2月5日、12人乗りの乗合バスが横川町 - 可部町間約15kmを運行を開始、これは日本最初の国産乗合バスであった。このことを知った地域の横川商店街が「レトロバス復元の会」を設立。車体の復元が始まった。2004年3月の復元完成時に役割を終えた会は解散、同時に町興しに活用すべく「広島かよこバス活用委員会」を設立[3]。復元時に「かよこバス」と名付けた。名前の由来は、レトロバス復元記念の土産物を開発に取り組んでいた活用委員会メンバーの可部の「か」に横川の「よこ」を取って「かよこ」という駄洒落から。
2004年から横川駅前には当時の車両を復元した物が展示されている。
なお、京都で乗合バスが運行されたのは1903年(明治36年)9月20日であり、こちらの方が運行開始が早く、後にバスの日に設定されたものの、使われた車両は6人乗りで現在の「バス」の法定義である「11人以上が乗れる車」の要件は満たしていない。
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