
重安駅は、山口県美祢市大嶺町北分字山崎にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)美祢線の駅。石灰石輸送の貨物列車,施設のあって、かつては石灰石の積み出し駅として栄えていましたが現在は無人駅となり、構内も閑散としています。
駅前のスペースは十分あります。駅前には数軒商店がありますが住宅はほとんどありません。駅構内には、巨大な石灰石積み出し施設が一部残されています。
今も太平洋セメント株式会社、重安鉱業所 が駅と隣接してあります。太平洋セメント株式会社(たいへいようセメント)は、1998年に秩父小野田(1994年に秩父セメント、小野田セメントが合併)と日本セメント(1947年に浅野セメントから改称)が合併して設立されたセメント業界最大手の企業です。
前身企業のうち小野田セメントが三井系で、秩父セメントのメインバンクは当時の第一勧業銀行、日本セメントのメインバンクは旧富士銀行であった。故に太平洋セメントは三井グループとみずほグループ(第一勧銀グループ及び芙蓉グループ)に属しているセメント会社です。「創業」ではなく、会社設立の年月では最も古い企業です。
島式ホーム1面2線の構造を持ち、列車交換が可能なスレート葺屋根の地上駅です。駅全体は駅施設と言うよりも工場の事務所や倉庫の趣があります。長門鉄道部管理の無人駅であり、自動券売機もない。
下り線西側に駅舎があり、ホームへは構内踏切で移動する。駅舎直結の線路(1番線)もあるが、乗降用としては使われていない。ホーム上に木造の待合所があります。
重安駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
2 ■美祢線 下り 長門市方面
3 ■美祢線 上り 美祢・厚狭方面
かつてJR貨物の駅は、専用線発着の車扱貨物の取扱駅でした。
駅構内に太平洋セメント重安鉱業所の石灰石積込施設があり、そこから石灰石を輸送するためのDD51形ディーゼル機関車およびホキ9500形貨車(太平洋セメント所有の私有貨車)による専用貨物列車が1日1往復宇部岬駅との間で2009年10月18日まで運行されていた。構内は広く、貨物用の側線、留置線も多くも持ちます。美祢線の中間駅では、最も構内が広い駅です。
名所案内板ではなく石灰石・大理石の「名産案内」です。板も石灰石製です。
1916年(大正5年)9月15日 - 美祢軽便鉄道が伊佐駅(現・南大嶺駅)から当駅までの区間で開業した際に、その終着駅として設置。
1920年(大正9年)
6月1日 - 美祢軽便鉄道国有化。国有鉄道美禰軽便線の駅となる。
10月30日 - 美禰軽便線が当駅から於福駅まで延伸。途中駅となる。
1922年(大正11年)9月2日 - 軽便線の呼称廃止に伴い美禰軽便線が美禰線(1963年より美祢線と表記)に改称され、当駅もその所属となる。
1982年(昭和57年)10月1日 - 専用線発着を除く貨物の取扱を廃止。
1984年(昭和59年)2月1日 - 荷物の取扱を廃止。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道・日本貨物鉄道の駅となる。
2009年(平成22年)10月18日 - この日をもって貨物列車運行終了、貨物取扱休止。
2010年(平成22年)7月15日 - 大雨による厚狭川氾濫で橋梁や路盤が流失、全線不通となり、営業休止。
2011年(平成23年)9月26日 - 全線開通により、営業再開。
電報略号 シケ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度- 11人/日(降車客含まず)
-2010年-
開業年月日 1916年(大正5年)9月15日
備考 無人駅
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