家内が鬼籍に入ったのを契機に、ドラマは現実に起こり得るが、小説は奇なることを知った。妻のいない生活は全てが虚ろで張り合いが起きてこない。寂しいということばかりである。春麗の春は、刻々とこの月末の桜花爛漫の時期を迎えつつある。姪や娘息子達に元気付けられて日常の生活を送っているものの、どこか積極性が抜けて良い発案が生まれないのである。庭や植木の手入れ水遣り、施肥など時節に応じた行動は遣り甲斐があって実施してから元気がでそうな気分である。今日から午前午後など適当な時間帯にメイと今は故人となった家内と3人?で、在りし日、散歩した遊歩道を静かに散歩してみようかと思う。それが 故人との思い出を「生活に生かす生きる術」であろうかと、静かに思っている。今朝も晴れ、神社から公園を散歩しスーパーに寄ってお買い物をして帰ってこようかと思っている。