夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2019年 7月27日(土)「メール」

2019年07月27日 20時23分52秒 | 「思うこと」
どうもメールのやり取りというのは嫌です。
簡単な用事を書くだけならば便利でよいのですが、経過も含めて誤解のないように書くというのは難しいですね。そして時系列にずれが出たり解釈が違ったり。
今日半日はこの整理でした。
今の若い方は「じゃぁ・・・メールで書いておきます」となりますが、電話でないとだめな場合があるんです。
よく知っている相手なら声の調子などで感情を読み取れますし、話には枝葉というものがあって、その枝葉を通してまた本題が深まることが。
メールだとこれができませんね。
さて、もう少しまとめないと。。。。。
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池に浮かぶ月549【7月27日】

2019年07月27日 20時01分46秒 | 「池に浮かぶ月」
去年はアメリカで販格差のデモがありました。一部はヨーロッパにも飛び火しました。
その象徴的な言葉が1%と99%でした。1%の人々に富を集中し、99%はそのお余りで毎日の生活を送る。
現実に38人だったか?この人たちにより世界中の富(資産)の半分を所有すると。
そしてこの超富裕層がもっと税金を揚げてくれと。。。。。皮肉ですなぁ。
経済面から考えると、富裕層が10億円の家を建てるよりも3千万円の家を30軒建てたほうが良いに決まってます。1千万円の車が1台売れるよりも200万円の車が5台売れたほうが良いのです。庶民生活の中の消費材は、一般庶民の100倍の資産があるならば、例えばテレビなら100台買わないとだめなんです。
もちろん富裕層は消費しつくせない。余ったものは分け与えなければならない。
この分け与えるというものを社会的に行うのが、国家の責任であると見の再配分なのです。
しかし日本は一般庶民から富を吸い上げて富裕層や企業へと所得移転してしまっている。

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」

「7月27日という日」

【2018年】ツイッターつぶやき1%の人たちの資産と99%の人たちの資......

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