日曜日のこと。
車で10分ほどの小さな公園に行ってみた。
近所に子供たちのための公営プールがあるその公園は、割と交通量が多い道路が目の前を走っていることを忘れさせてしまうほど、静かで、人影も少なく、周囲の喧騒とは無縁の空間をポッカリとその部分に形作っている。
園内にはその敷地の大半を占める池があり、夏の強すぎる日差しを反射し煌きながらも、そこに浮かせた大きな蓮の葉で、様々な命を庇護している。
私とゴンザがこの公園を訪れたのも、以前から通りがかりに気になっていた蓮の花を見るためであったが、すでに時間は正午をとっくに周っていたし、花の1番美しい時間帯は逃してしまっただろうと、さほど期待もせず、しかしこのところの習慣である、カメラだけはしっかり携えての散策だった。
門をくぐり、お目当ての蓮の花を目印に池方向へ歩く。
小道を抜けて急に視界が開けると、そこには、一面の蓮の葉と蕾が風に揺れている。
「わあ~、綺麗だねぇ♪」
感嘆のため息を漏らしながら、その光景をもっと間近で見ようと、私は思わず足を踏み出そうとしたが、ふいに何かの違和感を感じ、踏みとどまった。
見れば、池の正面、ちょうど木陰になっている場所に、大勢の、息を殺した男性群の濃い影がある。私とゴンザは一瞬ギョッとしながら、そちらに注意を向けたが、よくみれば彼らの前には多数のカメラの砲列が組まれている。蓮の花を撮りにきたにしては時間は遅すぎるし、何か動く物を追っているにしては、レンズを覗く時間が皆短かすぎるが.....。
そんな時こそ、何かに疑問を持った場合、決して黙っていられないゴンザの出番である。
「何を撮ってるんですか?」
息を潜めるカメラマンたちの邪魔にならないよう、ゴンザがそっと訊ねる。
すると、相手の男性も暇を持て余していたのか、感じよく応じてくれる。
「カワセミですよ」
.....ああそうか。
それなら息を潜めるのも、大勢が一瞬の邂逅を待ちわびるのも理解できる。
さらに聞けば、彼らはカワセミが蓮の蕾にとまる瞬間を根気良く待っているのであり、しかしその幸運は滅多に訪れないのだという。彼らは同じ瞬間を待ちながら、こうして息を潜めていたというわけだ。
ゴンザは相手にお礼を言い、再び私と歩き始めた。
すると...。
なんと池を半周もしないうちに1羽の鳥が池中央、1つの蓮の蕾にとまった。
それをいち早く見つけたのは、そこで1人、集団を離れてチャンスを狙っていたカメラマンではなく、なんとゴンザ。
「あ...カワセミだ」
彼がたてた小さな声でその存在に気づいたカメラマンも大慌てでカメラに駆け寄る。
しかし、カワセミは、ほんの短く蕾の上に滞在し、再び羽ばたいた。
「うまく撮れましたか?」ゴンザのおかげでカワセミの存在に気付くことができたカメラマンが私に話しかけてくる。「このカメラではね。どうでしょう?」そう答えてから私は、彼にある告白をした。
「実はうちの近所でも、間近にカワセミを見たことがあるんです。それも普通のドブ川で」
相手は一瞬、驚いたように目を見開いたが、私の言ったことを本当に信用したのかはわからない。
それを証拠に、「そうなんですか!?」と言って、相手は再びレンズを覗き始めたから、鳥に関しての知識などなさそうな私たちの勘違いだと思っていたのかもしれない。
私たちは彼に軽く会釈して、再び歩き始めた。
真冬の早朝、近所をゴンザと二人でウォーキングしていて見かけたカワセミは、冬の凍りつく寒さにも似た青い羽をバタつかせて、廃棄物だらけのドブ川に降り立とうとしていた。それに比べたら、まるで楽園のように思えるこの池も、昔々は灌漑用池で、冒頭で触れた公営プールの敷地とも繋がっていた大きな池だったらしい。いつか誰かが投げ入れた蓮が根付き、増えて、水面を覆うようになったとも言われているらしいが.....。
日々、失われて行く楽園と、その象徴のような蓮の池。そして美しいカワセミ。
蓮の花が不思議と醸し出す静寂に包まれながら、私たちは歩く。
ふと見れば、そこでは誰にも注目されていないカルガモが、のんびり池辺で嘴を並べていた。