マチンガのノート

読書、映画の感想など  

下級国民A/赤松利市 CCCメディアハウス 感想

2020-03-27 00:15:40 | 日記

著者の赤松氏は、植物病理学者の父親の息子として育ち、

帰国子女との事で、かなり恵まれた成育歴のようです。

そのため土木作業員の人たちの趣味に関しても、

雑誌やテレビで見た浅薄な内容でしかないことを見て、

その背景としては幼少期からの貧困があるのだろうしていますが、

底の浅い趣味や嗜好などに対して、結構上から目線な描写で書いています。

恵まれて育った優秀な赤松氏は、知識が浅く抽象的思考の弱い人を

反射的に下に見ることが身についているのでしょう。

そのような態度は恵まれて育った人に共通していることなのでしょう。

被災地での土木工事や除染作業は、いくつもの下請けの構造があり、

それぞれピンハネが行われているとの事ですが、土木業界では昔からそうなのでしょう。

赤松氏は自分の会社が立ち行かなくなり、土木の世界に関わるようになったとの事ですが、

それまでは恵まれない人に関わった事が無かったのでしょう。

赤松氏はそのような職場でも、娘に仕送りするためにそれなりの給与を得るため、

我慢して働いていたとの事です。

そこから移った先の比較的資金のあるところに様々な胡散臭い投資話が

持ち込まれますが、それが上手くいかないことをレポートにまとめて提出して

損害を防いでも、儲けにつながらなかったという事で全く評価されなかったとの事です。

そのあたりも、その土木関係者の抽象的な思考の弱さなのでしょう。

そのため赤松氏はその業界を去りますが、恵まれた階層と恵まれない階層の

解離を感じさせる内容でした。

 


団塊の世代への疑問

2020-03-25 19:24:58 | 日記

団塊の世代の人は、何かと学生運動やロックミュージック、

ビートルズなどのことを当時の事として語るが、大学に行った割合は2割くらいだろう。

そう考えると、その人達はあくまでも少数派で、人数が多いのは演歌や時代劇、

野球などが好きだった人だろう。

精神分析的な言い方だと、多くの割合の人のことは抑圧され忘却されているのか、

解離して記憶が飛んでいるのか、どちらか解らないが、その影響は大きそうである。

 


アウターライズ/赤松利市 その2

2020-03-18 21:47:32 | 日記

本書の中で、軽火器しか保有しないという東北国の国防隊に関する方針に対して、

取材に来た日本側の作家が、軍事的に自国を守る能力を持たず、

他の国と軍事同盟も組まないのは無責任、としたことに対して、

東北国側の人物が、それでは日本側で貧困や疾病や差別、自然災害で犠牲者が出ていることは

どうなのか、十分に対策を取れているのか、と反論するシーンがあった。

著者の周りにも何かと戦争と比べて社会政策を軽視する人が居たのだろう。

経済政策で人は死ぬか?:公衆衛生学から見た不況対策/デヴィッド・スタックラー、サンジェイ・バス  翻訳 橘明美、臼井美子 


タロウのバカ 監督 大森立嗣 その2

2020-03-16 22:14:42 | 日記

本作でのタロウの描かれ方ですが、最初から女性物のシャツを羽織っていたり、

身なりや仕草、動きにも少年的な所や男性的な所が見当たりません。

タロウが一人で盗んだピザ屋の原付に乗ろうとするシーンでも、

横に立ってアクセルを吹かすと原付だけが走って行きそうになるのみで、

自ら跨って乗ってみよう、運転しようなどという動きにもつながらないなど、

人との関係だけではなく、物との関係もあまり成立していないことが解ります。

大森監督は、実際にネグレクトされた子供に関わって、人とも物とも関係が

成り立っていない様子を見たのかもしれません。

身近な所に日常的に見習ったり、手伝ってもらったり、教えてもらえる相手が居ないと、

人との関係も物との関係も成り立ちにくいのでしょう。

これまで様々な荒れたり傷ついたりする若者の映画は数多くありましたが、

本作ではさらに底が抜けた感じの映画になっていました。

監督の大森立嗣さんは、「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」(2010)の監督・脚本をした人

ということで、それに連なる作品なのだろうと思いました。

「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」が気に入ったという人には合うと思います。

『タロウのバカ』予告編 | Taro the Fool - Trailer HD


タロウのバカ 監督 大森立嗣 出演 YOSHI 菅田将暉 仲野太賀 植田紗々

2020-03-15 01:04:33 | 日記

これまで学校に一度も行ったことのないタロウ(YOSHI)、膝を怪我して高校の柔道部に

居られなくなったエージ(菅田将暉)、好きな同級生が援助交際をしているスギオ(仲野太賀)の

三人の話ですが、全編にわたり、彼らの叫び声や喚き声、バットなど武器を使った暴力行為が出てきて、

いかに三人が、彼らの人生で追い込まれているかを現しています。

その三人と対立する半グレの相手も、あっさり拳銃で人を殺したり、姥捨て山のような劣悪な施設の運営に

関わっています。

これまでの様々な社会に居ずらい若者の映画が多くありましたが、それらはそれなりに、

苦しさや生きづらさを言葉で現していましたが、本作では言葉にさえならず、叫び声や暴力で

現しています。

そのような叫び声、武器を使った暴力行為は観る側に生理的な不快感を与えますが、

主人公たちの状況を言葉以前の叫びや暴力行為で表現したことで、

人間であることも保てなくなりそうな状況を表現できていました。

いかに現代の若者が様々な面で追い込まれているかが解る映画です。