2010年5月8日(土) 快晴
ツアー最終日にもかかわらず、参加者21名は疲れも見せず、テンション最高潮で朝を迎えました。
ホテル発は9時だから、朝食を食べてからゆっくり着物を着ようと思っていた私は、朝7時にほぼ全員が着物を着て朝食会場にいるのを見て、急にあせってきた。これは悠長に朝食なんか食べている場合じゃない。急いで部屋に戻り、着物と格闘して、何とか無事着ることが出来た。ふぅー
何だ、まだ全然時間あるじゃん!ということで、ホテルを出たところの大きな駅の前で、記念撮影!冒頭の一枚、朝の記念撮影。
そして一同は、午前中の会場である、TEATRO DE MADRID に向かいました。
会場に着いたものの、中には入れず。責任者がまだ来ていないので、外で待つようにと言われ、落書きだらけの公園で、写真撮影タイム。
ガイドの明田さんが、「みなさん、おはようございます」の次に言った言葉が、「スペインでは何が起きてもおかしくないです。あわてない、あせらない、あてにしない、さぁ、今日は何が起こるでしょうか?」という言葉通りの幕開けだったが、あせっても入れないものはしょうがない。
しかしもっとあせったのは、会場に入ってから。舞台の上には何もセッティングされていなくて、その上指示をしてくれる人も誰もいない。何をしていいのか、要領が掴めず、みんなあっちに行ったり、こっちに行ったり。そうこうしているうちに、時間だけはどんどん過ぎていき、お客さんの姿がちらほら見え始めても、まだ会場設営は半分ぐらい。
後で聞いてビックリしたのだが、手配したはずの畳が届いていなくて、大使館に置き去りになっていた畳を、大至急運んで、ギリギリ間に合わせるという、離れ業を楽屋裏ではやっていたそうだ。さすがはスペイン。何が起きてもおかしくない!
予定より少し遅れての開演。お客さんも予定通り150人ぐらい入り、満を持して緞帳が上がったら、そこは数分前のドタバタ劇が、うそのように、整然と静まり返り、美しい畳と金屏風の空間が広がっていた。
まず最初は、長島 博氏の「包丁式」。日本人である私も、初めて包丁式なるものを見させていただいた。そ の起源は平安時代に遡るようだ。
包丁と箸みたいなものだけで、鯛には一切触らずに、3枚におろし、それをさらに細かく切り、最後にそれを持ち上げると、身が全部繋がって、輪のようになってふわりと空中に持ち上げられた。「えっ、どうして?」、と私が感じた同じ驚きとを、スペイン人もきっと感じたはず。
長島さん、素敵でした!衣装もバッチリ決まっていましたよ。
さて次は、このツアーの綺麗どころ、振袖姿の、花子さんの亭主と、和田さんの伴東によるお手前です。社中の皆さんは、この日のために練習を重ねてきたようで、その成果はバッチリ。舞台の上から、厳かな緊張感が伝わってきました。
ところでこのお手前は、且座と呼ばれるもので、たっぷり1時間以上あったのです。お手前の動きに合わせて、速川先生と通訳の説明が入り、粛々とお手前が進むのですが、私の関心事は、「一体スペイン人はどう思って見ているんだろう?」ということ。日本人の私ですら、「こっくり」と意識を失ってしまうほどの静寂の中で、「退屈しないんだろうか」、と思って回りを見回してみたのですが、みんな真剣に見入っていました。
スペイン人はこの舞台を見て何を感じたのでしょうか?
日本でお茶のお稽古をしている時は、その空間を特別不思議なものとは思わないのですが、スペインの舞台でスペイン人に混じって見ていると、改めて茶道のエキゾチック感というものを、ひしひしと感じました。この全く異質な文化に、スペイン人は惹かれるのかもしれませんね。
日本の文化って、いいものだなぁと、少し誇らしく感じました。
さて次回は、午後のお茶会のご紹介です。
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実にあっと言う間の7日間。出国まではどうなるかと心配してましたが、流派の違う私もメンバーの一員として参加させて頂き計21名、お茶会を一丸となり異文化スペインで成し遂げられたことは何よりも素晴らしい経験となりました。アイルランド再噴火もありましたが、皆さんが無事帰国できましたことは何よりです。
マドリードの茶会を振返り、やはり茶道の哲学は流派には関係なく、利休さんが残した有名な教え「利休七則」の中に封じ込められているような気がします。
「利休七則」とは、人から「茶道とは何ですか」と尋ねられた利休が答えたという次の言葉のことです。
茶は服のよきように点て
炭は湯の沸くように置き
冬は暖かに夏は涼しく
花は野の花のように生け
刻限は早めに
降らずとも雨の用意
相客に心せよ
基本を大切に。当たり前のことを大切に。茶道を通して、私はそのことを少しでも多くの興味ある外国の皆さんに感じていただけたらと思っています。
振返ると会場の準備などハプニングありましたね。会長を努める速川祐永先生と帰国便の隣席でしたので、肝心なお茶が紛失されたら先生はどうされますかとお尋ねしたところ、お白湯を真心こめてさし上げることですとお応えになりました。無造作な心で真に平常心を我ものとされているのではないでしょうか。心に残るお話しでした。やはりあわてない、あせらない、あてにしないなのでしょうか。
来年の文化交流のために、英文でお茶を美味しく頂く方法を葉書サイズで作成してます。ということは、、、来年も参加ということ? ゴウちゃんどうしょう。
最終日、カメラの電池切れで写真がまったくありません。焼増お願いします。
素敵なコメントありがとう!
「利休七則」は心に染み入る深い言葉ですね。この言葉一つ一つが、茶道の基本になっていますよね。やっぱり哲学があるから、時代が変わっても脈々と受け継がれているのですね。うーん、深い!
速川先生のお話も素敵。速川先生のお白湯を飲んでみたくなりました。
すでに来年に向けて始動しているのね。ゴウちゃん、来年もお留守番ですよ。