以前聴いていた「未来授業」というpodcastの番組に著者のプチ鹿島さんがゲスト出演していて紹介していた著作です。
1970年代後半から1980年代にかけて登場した “娯楽としてのテレビ番組”は、昨今のバラエティとは全く別物で異様に高揚したエネルギーに包まれていました。
本書は、そのころの「エンターテインメント番組の制作現場」を、当時の関係者からの取材をもとに掘り下げた気になる内容だったので、楽しみに手に取ってみました。“『川口浩探検隊』の探検隊” というコンセプトもいいですね。
実際、期待どおりとても刺激的なトピックが満載だったのですが、それらの中から特に印象に残ったものをいくつか書き留めておきましょう。
まずは、制作現場の実体、放映された映像以外の部分。
“川口浩探検隊” の放映で「見えているところ(テレビで映しているところ)」には、当然その前後のプロセスとしての舞台裏があるのですが、そこの方が圧倒的に面白いといいます。
(p55より引用) つまりは「スポットが当たってるところだけしか見てない」ことになる。それは本当のジャーナリズムなのか。わかりやすさはテレビでは善で正義だ。しかしそこのみに収束してしまうとすごく大事なものまでが一緒に斬り捨てられることはないだろうか。“真実らしきもの"を知るためには多分のめんどくささが必要だ。多角的に見て、大いなる無駄を経て、やっとおぼろげにたどり着けるはず。
そういった“まわり道”を知る当時のスタッフ、“川口浩探検隊” の黎明期から関わっていた小山均さんのの回顧譚。この番組に付いて回った「ヤラセ」についての本音です。
(p167より引用) 「現場はどんどん面白くなっちゃうんですよ。視聴率に関係なく、もっと何かできないかって探求してしまうんです。・・・」
この言葉は深い。テレビのヤラセは視聴率主義が原因だと外野は一言でまとめたがるが、現場にはまったく別の価値観もあったのだという。良く言えば、作り手の業の深さであり情熱である。
「視聴率を狙ったヤラセじゃない」、現場での高揚感のスパイラルを感じますね。この気持ちは理解できます。
さて、当時の番組制作関係者からの取材で見えてきた “川口浩探検隊” とは何だったのか?
(p125より引用) バラエティでもない、ましてやドキュメンタリーでもない。目的地は『インディ・ジョーンズ』。彼らのライバルはハリウッド映画だったのである。
その世界観を聞くと、ヤラセという言葉から解放感を感じる。他の番組ではドキュメンタリーになりそうな土地にたどり着いても、探検隊はせっせとロケのための荷物を運び、理想の絵面を探すだけ。
「本当にそのつもりでやったら、ちゃんとしたドキュメンタリー番組にもできましたよ。NHKでも放送できるようなね。貴重な映像もいっぱい撮れています。だけどそういうのは、しなかったですね」
これも当時の “テレビマンの矜持” でしょう。
“川口浩探検隊”、現在の制作環境では作り得ない突き抜けた番組だったようです。