おばさんは退屈してますから
行くと取り留めなく喋ってきます
われながら誘導して思い出させて喋らせるのはうまいもんだ
と思います
おばさんは昭和30年に東京に出て働き始めたのですが
それが池袋
わたしは池袋にある幼稚園に通ってましたから
幼稚園時代池袋はうんと田舎で草ぼうぼう
通う道には麦畑があったよ
というと
昭和30年当時の池袋の話になるわけです
そのころわたしは小学校5年生
池袋には相変わらず麦畑があったんだって!
てな具合に思い出話に花が咲けば次々話題に事欠かない
今日は昼間は東京に出かけていた武蔵が帰りに寄ったので
また色々おしゃべり出来て
よかったでしょう
武蔵は あの地震の時は後楽園駅のあたりを歩いていたので
気が付かなかったんだって!
怖かったんだからね
怖かったんだからね!
おばさんのところなんかうんと揺れたんだからね!
と 言いつのったけれど
見ぬ事清しで知らん顔だ
見ぬ事清し これは母の口癖でした
私の片付けられない症候群をこうやってやり過ごし
年取って目が見えなくなってきて
茶碗洗ってくれても汚かったとき
そういって嘯くのでした!
見習おう!
見ぬ事清し!
お尻の片頬が痛いと聞いて
私みたいに坐骨神経痛じゃないかと心配になった
↓のスタイルが楽よ?
あとね 胡坐をかいて
痛い方のお尻側の膝を下に押すの
どうぞ大事にしてね
ご同輩!
ええ!?
震度4?
嘘だろ
私が怖いと思うときは震度5だよ!
でも額は落ちなかったが 曲がったな
ガラスの割れる音はしなかったからな
久々だからかな
まだ心臓がバクバク
おばさんも怖かったろう
でもまだ面会時間じゃない
震源地はYさんの家の方
いつもより震源が浅いな
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