遊工房・雑感

日頃のあれこれを綴る日記です

鳩と猛禽類

2011-01-31 15:13:53 | 美術史

D これは

ヴぇロッキオの

キリストの洗礼

下の少年と天使を

若い

ダ・ヴィンチが描いたと

言われている

 

顔を拡大すると

顔って

作者によって

これは

ダ・ヴィンチの顔って

わかるものなんだろうなあ

下の記事に描いた

似た顔も

似てるようで違うなあ

鑑定に顔は決め手かもしれない

 

書いておこうと思ったのはそれじゃない

上に天使に放たれた鳩がいて

右のほうに逃げていく鳥がいる これは猛禽類だというのです

拡大すると くちばしなど曲がって肉食風

 

鳩は平和のシンボルって

結構 獰猛なのにって思ってて

ピカソ以来平和のシンボルになったような気がしたが

鳩が放たれて 猛禽類が逃げていく?

何か聖書にあるらしい

古くからそういう背景があるんだろうか

 

あと  テレビで 鷹狩というのはイスラム文化のもので

キリスト教では禁じられていたというのです

(十字軍以前) 意味不明だけれど

ちょっと覚えておこう

 

ついでに

洗礼って 原罪が洗い流されるようなことなのね

洗礼後の罪はもうめったと赦されない

一回だけとか

そういうことがあるらしい

死ぬ前の告解(罪を懺悔して許してもらう)というのが

キリスト教徒には 大事なことの人もいるのか

そういう 罪という意識で暮らしているのか

と初めて知った

 

 

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瘤はガングリオンかリウマチ結節か

2011-01-31 13:40:44 | 健康・病気

今日は瘤のMRI検査

やはり半分眠ってた

結果は  筋肉か?(筋肉と同じ色)

方向を変えると 水か?(画像が白い)

腫瘍じゃなかったねと

結局 ガングリオンかなとおっしゃる

じゃあ根っこがあるんですね

どこから出たんですかと聞いたら

もう少し足首側の関節か?

Un ともかく 抜いて確かめようと

中身を抜いた

こんなふうに

黄色いゼリー状のものだった

もうちょっと固まってた

固くなってないリウマチ結節かもしれない

と言い出した

どっちにしろ 心配ないね この怪しい奴は ギューギュー押し出して

中身を出した

 

痛かったよ お産や腸閉塞に比べりゃありんこみたいだが

 

その後 ひざにヒアルロン酸の 注射

後二回やる

ともかく痛くて目が覚める

そお?

とおっしゃる

可能性としては リウマチで痛いか 痛風で痛いか

ま しょうがないね

一件落着だが ひざの安定が悪いのに運動療法を

水中歩行と水泳両方をと言われた

 

おばさんの相手では時間が足りない

週二回ぐらいは 自分だけ川島に行こう

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受胎告知

2011-01-31 09:13:08 | 美術史

Jutaikokuchi このダ・ヴィンチの受胎告知が

20歳そこそこの作品とは

びっくり仰天

前に来た時見たその図録を改めて読んでみると

この人

お化けのような人なのだと思った

ダ・ヴィンチがやったことを研究するだけで

一生が5つくらい必要そうだ

 

それはさておき

受胎告知っていっぱい絵がある

Img355 この左がダ・ヴィンチと同じ工房の同僚

クレディの受胎告知の  部分1478~82年

右がダ・ヴィンチのものとされているデッサン 1470~76年

これについて

書いてある解説が

そこにある年号と矛盾する

ダ・ヴィンチが同僚から学んだのかもしれないし

このデッサンはクレディのものかもしれない

って

デッサンのほうが古いのに?

ここに描かれてる年が嘘?

そういうことが気になる

 

いやな性格だ

 

そういうことがあって

ブログ友のみどりさんコメント欄に  賢しらなことを書いちまった

百人一首のいろいろな面白いことが描いてある記事なのに

どうも

細部に目が行く

 

だから 私は芸術家にはなれないんだと 自己嫌悪です

あああ

みどりさんごめんなさい

 

でも ダ・ヴィンチ  改めて いろいろ面白い

こういう キリスト教の話を絵にしたのは

やはり聖書を知らないから読めないことが多い

こういうお話が背後にある

書いた時代の作者の意図がこうある

なんていうのをたどるのは

やはり面白いのです

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私 歴史の中を生きてる

2011-01-30 11:51:45 | ただの記事

男鹿人さんの記事でJAL123便墜落事故を巡る

疑惑について読んだ

あの日の翌日

私たち家族は友人家族と

長野県南相木村にキャンプに出かけた

前日 どうも行くあたりに飛行機が落ちたらしい

どうしよう と話しあったのを覚えている

ともかく予定通り出かけた

キャンプ場にはいる道で

自衛隊のトラック群に遭遇した

落ちたの この奥か?

そういう情報流れたっけ?

自衛隊はいち早くわかって救助に行ったのかなと言い合った

 

キャンプ場に前から滞在してた人は

落ちていく飛行機を目撃していた

 

その飛行機には友人の友人も乗ってたし

娘の通う小学校の子も乗っていた

 

志村さんのブログに載っている日の丸を巡る記事では

これらの論争が1999年ごろからだと

お書きになっているが

教育現場に日の丸の押し付けが始まったのは

もっと古い話だ

1980年ごろには

がっかりするようなことがあちこちで起こって

不毛なことで教師の心を蝕んでいったと思う

 

今の政界が不毛な議論で肝心なことが

国民を幸せにする仕事ができないような

似たようなことがあった

 

↓の記事で奥歯に何か挟まってるようなことを書いたのはそのことだ

 

私は田舎で

能天気なばあちゃん暮らしをしているが

それでも私の人生は  歴史の中を歩いているんだな

思わせてくれる記事でした

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シャルルマーニュ大帝

2011-01-30 09:12:51 | 朗読

D110119_0350 私が今度読む星の話に

こういうところがある

天の川は

セント・ヤコブの道という

それは

シャルルマーニュ大帝がサラセンを追って

スペインに行くとき

セント・ヤコブが

星の帯を作って道を教えたっていう

 

シャルルマーニュ大帝は

カール大帝とかチャールズ大帝とかともいう

 

断片的に

高校の世界史で習ったなと思うけれど

覚えが悪いので

わからない

 

さて

図書館で「カタルニア・ロマネスク」という写真集を借りてきた

 

そこに出てたよ

 

そんなの常識と笑われるかもしれないけれど

忘れないように

書いておこう

サラセン帝国は8世紀には怒涛のように押し寄せ

ピレネー山脈を越えて今のフランスまで進攻した

9世紀にはいると

フランク王国のシャルルマーニュ大帝が押し戻してスペインに追いやった

そうそう

そこいらは歴史地図を見ながら習ったんだった

 

その時シャルルマーニュはカタルニアをイスラム・スペインとの緩衝地帯にして

バルセロナ伯爵に権限を与え  それが

カタルニア自立の始まりだそうだ

 

よくカタルニアは独自の文化があるというけれど

言語もプロバンスの方の言葉の系列の言語らしい

 

極東から見ると 国のなかが 微妙に違うというのはわからない

国家的なアイデンティティというか

民族的なアイデンティティというか

それには国の違いよりは

言語が重要だそうで

言語によって同朋意識というものがあるらしい

 

そうなんだな

言葉で意思疎通をするからかあ

 

プロバンスの星の物語に

そういう背景があるのがだんだんわかってきた

Img354

その写真集に

こういうのがあった

楽器を引く動物

サンタマリア修道院の回廊の柱頭部分

 

行ってみたいけれど

山の中で

無理だわ

第一

遠い

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展覧会情報

2011-01-29 21:27:56 | 絵画

彩友会メンバーの一人が ↓の展覧会で 教師向けのワークショップに参加してきたそうだ

Img353_2

ワクワクしていたとても面白い展示だったようだ

そもそも 音楽と深い関係にある作家の展示だけれど

今の作家たちの音も伴うインスタレーション

(これがよく耳にするが意味不明インストールとも関係ある言葉みたいよともかく空間全体 音響や状況も含めて鑑賞者も巻き込んだ展示?)

もあるようだし

ワークショップを含めいろいろなイベントが折に触れあるらしい

時々記事の話題カモとも思ったが

こっちのほうが見てもらえるからこっちにした 

面白そう

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久子さんの記事から

2011-01-29 19:18:47 | ただの記事

私のブログを読んでくださる方の多くは

久子さんのブログも読んでいるけれど

たくさんの方に読んでほしいので

転載します

 

でも  あちらにも飛んでみて

コメント欄も開けて読んでみてください

三月の朗読会で

「一つの花」というお話を読む方がいます

出征していくお父さん 送るお母さんと子ども

二度とふたたびまみえない父と子の話です

 

私の父も1943年に母のおなかに私を残して

出征し

1944年5月3日

オホーツクの海に消えました

遺骨はありません 

下の詩の兵士はもっと若いかたです

裏のおじさんと同じお年

裏のおじさんは特攻隊の生き残りです

 

日の丸については

私は私でいろいろ思いがあります

私は終戦の時は1歳9か月でしたから

久子さんの記憶とも違うし

日の丸に鍛えられたということもありません

 

  兄と弟
      二人の少年兵
           猪 熊 得 郎
(「不戦」2000年2月121号)

一九四三年冬
二つ上の兄は
「国難ここにみる」と「元寇の歌」を歌って
「予科練」を志願した。
十五歳の弟も
必死で父を説得した。

「アッツもタラワも
 そしてマキンも
 みんな玉砕だ。
 今行かなければ
 大変なことになる。」 
「特幹」を志願する。

「日の丸」の金縁の額と
白馬に跨った「大元帥陛下」の写真が
父と子を見下ろしていた。
四日後、とうとう父は諦めた。
 「行きなさい、
  でも、生命(いのち)は大切にな」。

一九四四年夏
「日の丸・君が代」に育てられ
「日の丸・君が代」に鍛えられた
兄と弟は
水戸陸軍航空通信学校の営門で
最後の別れをした。

陸軍特別幹部候補生
陸軍一等兵の弟は
十五歳十一ヶ月
海軍飛行予科練習生
海軍飛行兵長の兄は
十八歳五ヶ月

二人の父は
いつまでも敬礼し見つめ合う息子たちを
黙ってじっと見つめていた。
「日の丸・君が代」に育てられ
「日の丸・君が代」に鍛えられた息子たちと
父はもう会うことが出来なかった。

兄は数日後
土浦海軍航空隊から
特攻隊員として
瀬戸内海大津島(おおづしま)の
人間魚雷「回天」基地に
旅だって行った。

一九四五年早春
兄は沖縄に向かった。
回天特攻隊を乗せた輸送艦は
待ちかまえた
アメリカ潜水艦の雷撃で沈没
回天もろとも、全員戦死した。

一九四五年夏
弟は旧満州公主嶺飛行場で敗戦を迎えた。
「日の丸と君が代」の下
死ぬことを教えた
高級将校たちは
いち早く日本へ飛び去った。

脱走、略奪、殺し合い、
混乱の中で戦友は
 「天皇のため、祖国再建のため
     歩いて日本に帰るのだ」 
そう云って飛行場を離れた
彼らは未だ還っていない。 

天皇の兵士たちは
シベリアへ送られ
飢えと寒さと重労働に
次々と倒れ
六万人が零下三〇度の異国に葬られ
祖国の土を踏むことがなかった。

 「皇居遙拝
  将校を父と思え
  下士官を兄と思え
  天皇のため苦しみに耐えよ」 
今日も戦友が死んだ。
「みそ汁が飲みたい。お母さん。」

一九四七年冬
弟は祖国の土を踏んだ。
故郷は東京大空襲で跡形もなく
水戸で別れた父も兄ももういなかった。
そして云われた。
「シベリア帰りとは云うなよ」

生きるため国土復興のため
一生懸命働いた弟が
やがてお年寄りと呼ばれる頃
高齢者が多いから国が貧しい
福祉・医療費の切り下げ切り捨て。
「老人は 死んで下さい 国のため」

「日の丸・君が代」が
我がもの顔に嘯(うそぶ)いている。
「日の丸・君が代」に育てられた君たちよ
「日の丸・君が代」のため今度こそ死んだらどうだ。
初心忘れるな。
それが愛国心。

冗談じゃあない
「日の丸・君が代」に育てられ
「日の丸・君が代」で鍛えられ
地獄の入り口を
はいまわった俺たち。

そう簡単に死んでたまるか。
俺たちは侵略戦争に
青春を捧げた生証人。
生きること、語ること、
それが、それこそが
「日の丸・君が代」と俺達の闘いだ。

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芹ごはん

2011-01-29 09:24:50 | 食べ物

Img_0385

春の我が家の定番

でも

まだセリがちょぼちょぼ

今度は

もっとどっさり  セリが入ったの作ろう

 

雪国は信じられない量の雪だというのに

春の先取りで

ごめんチャイ

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!1.4キロ減った

2011-01-29 07:23:35 | 健康・病気

昨日プールで出るとき前の日より200グラム多く

Img246

ヤバいかも

と思って寝た

何?

1.4キロも減ったよ

血圧も165・75になった

 

ああ

よかった

 

むくんだんかしらん?

 

今日は  彩友会の搬入です

会場は下館美術館の一回のカフェ

明日から見られます  ~~~12日まで

上の階では今日から右上のチラシの展覧会が始まります

若い画家のギャラリートークは12日

大塚先生のは19日です

お近くの皆様

どうぞ  お出かけください

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胡椒が決め手

2011-01-28 10:48:04 | 食べ物

Img_0383 昨日のスープの

エドゥアール・マネ

中身はほうれん草以外は

違うけど

 

決め手は

どっさりの胡椒

 

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