心の免疫力~書とことばから

もっと暮らしに書やARTを~
雲のように水のように あっけらかんと自在に生きるヒントを
求めて~ by 沙於里

臨書から作品へ

2010-06-29 | 書の話
                         「造加牟尼」(半紙)   
 
久々に龍門小品造像の臨書。
通信で学んでいらはる碧さんのご希望で。

原本はこちら(↓)


素朴であったかくて純な線が書きたかったのだけど・・

文面は「父母兄弟姉妹の為・・皆得解脱・・」とあるからに、
家族を思って、一字一字彫られた碑なのかな 

原本の「造」の字、なぜかハクション大魔王の口を思い出す。
こんな表情に書きたいと何度か書くも、なかなか思い通りに書けず。

それぞれを半紙で臨書したら、部分でも全部でも作品としてまとめてみたくなる。
そのうちだんだん回りの拓の部分も・・と、ロマンは広がるのであ~る。



以前、造像にはまっていた頃は、あれこれ遊んだなぁ・・と、ふと。
また、夢中になれる時間を作りたいなぁ・・

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詩から受け取ったものを

2010-06-26 | 書の話
                          (はがき倍版カード)

「林裏灌園人」りんりかんえんのひと  by王維

愛用の墨場必携、清雅堂の「翰墨自在』藤原楚水偏より。
でも明確な意味がいまいち掴めず、だけど。

ちなみに本にある注釈は・・
山中の陰士である。林裏(林の中)を樹下叉は花下に作れるもある。

蒸し暑い日が続いてますが、そんな時こそ「涼」を演出するのが日本の文化。
あ、この詩は中国のですけどね、ちょっと拝借して。

この詩から風景なり空気感・・膨らみませぬか 

漢字(詩)のすごいところは、只そこにあるだけで
人それぞれに無限の世界を想像させてくれるところ。

そして受け取った世界を、また自分なりに表現すること、
それが書することの喜びのひとつでもあるような 


この詩をイメージして選んだ今日の1曲は、
Yo-Yo Maが演奏するバッハの Cello Suite No. 1


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強さの音

2010-06-21 | 書の話
                           半切1/4の半分(部分)

某空手道場に依頼されて書いた「一心不乱」の部分。
数枚お送りして、選ばれたのは自分で思っていたものとは一番遠いものでして
あ、これは選ばれなかったものの「一心」の部分。


選ばれたのはこれ。。↓



「一」 の文字が一番、どっしりしていたので、とのことでしたが
確かに、これを含め他の「一」は、パーンって破裂音のするもので、
選ばれたのは、造像風にぐっぐっぐと横に引いて書いたもの。

そっか・・なるほど。。
空手の強さとは、破裂音じゃなくて、
気合を入れてお腹の底から吐き出す、地響きだったんだ・・。

でも「心」は、選ばれなかった方が、気合入ってると思うんだけどなぁ。。
でも一心不乱の真摯な姿には、ちょっとハッタリがかってるか・・。

またひとつ、勉強になりました。


昨日は、書展3ケ所巡り。近々レポートを。
母は今頃ばててるかも。。
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書は線なり、線は人なり

2010-06-10 | 書の話
                                (半紙1/2)

久々に山頭火の・・ 「どうしようもない私が歩いてゐる」

一昨日の絵手紙教室で、細くてやわらかい羊毛の筆で書かれた
遠藤さんの作品を参考に書いてみたなり。
あ、私は細いかための面相筆で。か細くてちょっと軽いけど・・。

遠藤さんは書道教室にもいらしていて、先日の 蘭秀会展 での作品はこの2点。
細い字でも、ぶっとい線でも、生き生きとしていて 


  
武者小路実篤の詩


甲骨文「無」


書は人なりって言うけれど、書は線なりって思う。
線は、その時その瞬間を生きている自分の鏡だって思う 

美しい楷書と言われるものの魅力も、形よりもまず線なのだと思う。
だって、形にばかり囚われていては、生きてる線は書けない。

まずは・・
激しいものは激しいままに
弱い心は弱いままに
無器用な自分は無器用なままに
迷いながら迷ったままに書けばいいんだって思う 

そこから見えてくるものを頼りに、なりたい自分、書きたい線を探すなり。

いわゆる級とか段とか、それはそれで、ある時期の励みにもなるけれど
自分をもっと知りたくなったり
もっと自分を喜びたくなったら
「自分の線」を探してみようではあ~りませぬか 

書の魅力は、線なのだから。
そして線の先に、造形は自然と生まれるものなのだから。

そう・・つまり、書は線なり、線は人なり、とな 

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その瞬間を想像するだけで

2010-06-01 | 書の話
                             「寅」 (部分)


書を始めた頃、「前衛書」なるものがあるなぞ知らなかった。
たまたま、広い書の世界で巡り会えた師が、前衛書を追求される方だったわけで。

今や前衛書は、ひとつのジャンルになってしまった感が否めないけれど
当時は、多種多様な用具・用材、表現の可能性にドキドキして。

たとえば書くものは、筆に限らずなんでもござれと実験的にあれこれと。
たとえば、スポンジ、雑巾、ダンボール、ブラシ、刷毛・・とか。
用材も墨のほかに、ネオカラー、墨にボンドや牛乳、卵白を混ぜたり・・。

ちなみに、今日の写真は硬い毛のブラシで書いたもの。
ダンボールよりは多少弾力があるから立体感は出るけれど、線に深みは出ない。
けれど、気・骨・剛・激・幽・貫といったものは感じるような 

ところで。
毎日同じものを食べていたら、飽きてしまうというか、感激も薄れていくような

日々生きているということは、穏やかな日もあれば、
怒りをぶつけ、悲しみを吐き出す日もあり。

時に、なるべくなら怒りを抱かず、淡々と生きられたらと思うけれど、
たまには感情をコントロールせずに、表現という場にぶつけてみるものいいものだ。

前衛などという概念に囚われず、内から沸いてくるものをそのまま搾り出せたら。
その瞬間を想像するだけで、鼓動が高まるってものだ 

いつか・・その快感を味わいたいものよのぉ 

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今、探しているもの

2010-04-25 | 書の話
                                「鳳」部分


昨日はお昼からずっと・・墨磨り機の回る音を聞きながら、作品づくり。

書きたいもののイメージはあったものの、思い通りのものが出てこない。
あっという間に磨った墨はなくなり、冷蔵庫にストックしてある墨も使い果たし。

自分らしい書って何なんだろう・・と自問自答。

今書きたいものは・・
屈託のないもの、大らかで力強いもの、けれど力の抜けたもの。
たぶん今の自分が探しているもの。

まだまだこれから、今日も探す作業は続くなり。
今お気に入りの曲を聴きながら → Nujabes -Luv(sin)pt.3 feat Shing02



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金文を書いてみる

2010-03-30 | 書の話
                           金文 (半切)

蘭秀会展作品の参考に書いてみたもの。
題材は同じで、細いのと太いの。 原本はこれ(↓)
(二玄社 中国法書選1 甲骨・金文p34)



ちなみに今はない文字もあるのだけど
右上から乃孫作且己宗 寶黹●●・・ 
ちゃんと調べればいいんだけど、金文のちゃんとした辞書を持ってなくて。

『字通』をはじめ、白川静の辞典をいつか手に入れたいと思いつも、
どれもなかなか高価なものでしてねぇ。。

そんな折、伯母から書を学んでいるなら何かの役に立つかしらと、1冊の本が届き。
亡くなった義叔父が大事にしていたという『読画四千年~支那象形文字の美』。




昭和34年初版当時580円というから、かなり高価な本だったような。
文字の成り立ちについて、著者の菊池貞二氏の定義はなかなか興味深く。

機会があれば、ちょっとづつご紹介できればと思っちょります。


辞書の情報は→ こちらから



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私のうしろに道はできるのか・・

2010-02-21 | 書の話
                            (半紙)

いばったって駄目だ。
見る人が見れば見え透いてしまう。
飾ったって駄目だ。
嘘をついても駄目だ。
無心にその人の力量だけ出していればよい。
そういう素直な心が出るだけで書はたのしいのだ。

洋画家であり水墨画、書、陶芸、随筆など多彩な作品を残した中川一政氏のことば。

彼の書展を初めて観た瞬間に、書を学びたいと思い、
更にこのことばは、私にとって書への夢や希望を抱くには十分なものだった。

書は、ただ文字を並べて意味のわからない漢詩を書くだけじゃない。
この線が、この空間が・・と講釈を並べて、理屈を競うだけのものじゃない、と。

もっともっと。
まだまだまだ。
何をしても中途半端な自分に、気力も自信も見失う日も多々..

何が余計で、何が足りないのか
たぶんもっともっと自分自身を曝してえぐらなければ
書の、人生の、本当の楽しさには到達できないのでありんすかねぇ 


僕の前に道はない 
僕のうしろに道はできる  (高村光太郎)


*中川一政氏の作品はこちらから→真鶴町立中川一政美術館
左のブックマークにもリンクはってます。

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何紹基の張遷碑

2010-02-09 | 書の話
                               (半紙)

週末、久々に落ちついて机に向かい臨書を・・と思っていたのに
なんだか雑用をやり始めたら、あれもこれもとバタバタと 

木簡をいくつか臨書しているうちに、何紹基の張遷碑が書きたくなり。

木簡の勢いのあるリズムとちがって、じっくり粘っこく書かれた何紹基は
う~ん・・やっぱりいいなぁ・・と 

こうして原本を眺めているだけで、気持ちが落ち着くのでありんす。
つくづく不思議。

この境地には到底至らないけれど、近づきたいと思って書いている時の緊張感と、
胸に迫るような感激があるからこそ、何度も何度も書いては・・ため息 

人の嗜好というか、心地いいなぁって感じるものは、
いつどこからやってくるのか、はたまたDNAの仕業なのか。。。

それにしても、久々に臨書してみて、うう・・書けないっ・・と
もう一度初めから臨書し直そうと、思ったでございます。

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デジタル時代の書の可能性

2010-01-25 | 書の話
                            ‘93の作品 (半切)

今日は、先週土曜日にMさんと出かけた宮村弦氏の個展と、書展のレポート。
まずは宮村氏の個展、ミッドタウンの中のSferaという生活雑貨のお店の中でした。

宮村氏のHPにあった
「戦後の現代書は文字の造形性や意味性との関わり合い大きな混沌を抱え込んだ」という
ことばに反応し、その先にあった「読む抽象」がなんだか気になり。

店内に入ると、お店のかわいい女性が親切に解説をして下さり
なるほど~と唸る唸る。。。

HPの文字を読んでもよくわからなかったのだけど、つまりこういうことだそうで。

下の画像はパンフレットから拝借。載せちゃいけなかったのかな? 小さめに。。
関係者の方・・もしNGだったらご一報下さいまし 

これは右から左へ、あ行、か行・・の50音になっているドット(点)の一覧になっていて
それぞれに微妙に違う点は、暗号のような視覚的言語となっていて。
一覧がHPにあったのでこちらをクリック→ドットコード



そしてこの点を、上下左右、ひとつの空間の中で縦横無尽に再構築することによって
「読む抽象」作品となっているわけで。

たとえば、宮村氏の HP にある2つの点からなる作品をこの一覧で解読すると
上のが「し」下のが「よ」で、タイトルは「書」という具合に。

これらは、もう一人の作家でもある、デザイナーの川上俊氏とのコラボ作品となっていて
高画質インクジェット・アートペーパーによるグラフィックアート作品。

なので、一つの言葉もこの体系化された一覧から点の組合わせ方も無限なわけ。
見る側にしたらその暗号を解く楽しみもあり、また時代の変化を感じつつ
新しい試みとしてとても興味深く、楽しく拝見 

京都での会場の写真がアップされているので、こちらもどうぞ→ HP


お店の中で、この一覧と作品を交互に見ながら
えっと、これは「し」これが「ろ」・・と、暗号を解いていたら
横でMさんが「ねぇ、これがタイトルじゃない?」とあっさり読み上げ 

デジタルの時代の現代書の可能性の探求は、若き作家さんに委ねつつ
アナログな私ははてさて、どこへ向かうのやら。
ま、一歩一歩、ぼちぼちと行くでありんす 

今日の写真は、以前一度載せたことあるけど‘93某書展にもぐりで?出品した作品。
当時はまっていたローラーに油絵の具で書いたもの。
甲骨文字を自分なりにアレンジして。図録からだから画像悪いけど。

・・・と長くなったので、もうひとつの書展の様子はまた明日ってことで。


【訂正】

早速、宮村氏よりコメントを頂きまして。。

>これらは、もう一人の作家でもある、デザイナーの川上俊氏とのコラボ作品と
なっていて高画質インクジェット・アートペーパーによるグラフィックアート作品。
というところ・・

「今回のミッドタウンでは『2010』というコラボ作品を1点展示をしていますが
その他のグラフィック作品については川上さんの手は加わっていません」
とのことです。

宮村さん、勝手にご紹介してすみませんでした・・
そしてありがとうございました。 益々のご活躍をお祈りしています!


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