新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

博物館と美術館に初もうで (後編)

2020-01-14 13:09:54 | 美術館・博物館・アート

「博物館と美術館に初もうで (前編)」のつづきです。

「前編」の最後に東京国立博物館(トーハク)のミュージアムショップで購入した「掘り出し物」と書いたのは、こちら

国土地理院発行の「御即位記念地図1万分1地形図『東京中心部』」です。

天皇陛下御即位時における首都東京の姿を地図として後世に残すとともに、令和元年の東京の様子を国内外にわかりやすく伝えることを目的として作成しました。

というこの地図(四六判:79cm×109cmとかなりデカい)は、去年10月22日に挙行された即位礼正殿の儀への参列者にお土産として贈呈されたのだとか。

見本を開いてみると、色づかいが良くて、かなりステキです。
これをパネルに入れて、今はガバァと空いている別邸の自室の壁に飾ったら、イイ感じかもしれない… と、迷わず購入(税込 1,379円)しました

せっかくですので、この「御即位記念地図」に、きのうの神谷町駅大倉集古館⇒虎ノ門駅のルートをプロットしてみました。

   

さて、神谷町駅を出た私は、大倉集古館に向かって歩き始めました。

この辺りはかなり起伏があって、かつて仕事でANAホテルに行くときは、ホテルオークラ東京別館駐車場の中を歩いて、ホテルのエスカレーター数フロア昇って正面玄関から霊南坂に出て、アメリカ大使館大使公邸前からアークヒルズに抜ける、という住居不法侵入に問われても仕方のないルートをとっていました
でも、スース姿ならともかく、きのうのような超普段着で日本を代表するラグジュアリーホテルの中を歩くのは気が引けましたので、ホテルオークラ東京別館を回り込むように急坂を登りました。

そして、とてつもなく閑散としている霊南坂をちょっと下ると、

一度見たら忘れられない唯一無二の外観の大倉集古館です

以前はホテルオークラ東京車寄せに隣接して所在なげに立っているイメージの大倉集古館でしたが、旧ホテルオークラ東京本館が高層The Okura Tokyo建て替えられて周囲の建ぺい率が下がったことで、ついに独立を勝ち取った感じ…

さて、私にとって初めて大倉集古館では、「新春特集展示 能と吉祥『寿―Kotohogi―』」が開催中でした。

右に載せたフライヤーを見るだけでも伝わってくる華やかさおめでたさ

もともと能装束や能面にはさほど興味を持っていない私ですが(いつもトーハクの第10室「浮世絵と衣装―江戸(衣装)」はそそくさと通過)、いやぁ~、どの作品もキレイでした

でも、しかし、一番「」になった作品は、

大倉集古館施設改修工事長期閉館中(2014年4月~2019年9月)に、疎開先トーハクで何度か拝見して、そのたびにほげぇ~ となった国宝「普賢菩薩騎象像」(12世紀)でした。

知的として、それでいて穏やかなお顔、力の抜けた肩の線繊細截り金細工…。
私が拝見したことのある仏像の中でもBEST 10に入りそうな普賢菩薩像です。

この他、鈴木其一のご子息、鈴木守一による「石橋・牡丹図」もなかなか
でも、父・其一、その師匠・酒井抱一、そのまた心の師・尾形光琳、その元祖・俵屋宗達とさかのぼる琳派に共通する卓越したデザイン性みたいなものは薄い気がしました。

1階の展示を見終えた私は、地下1階新展示室に向かったのですが、階段の親柱の上に佇んでいたのは、、

出たぁ~伊東忠太動物園~

伊東忠太設計の建物では、この手の「霊獣」は欠かせません
2011年3月に京都に行ったとき(記事)修理中本願寺伝道院前でこんな風だった「霊獣」たち、

今はどうしているのでしょうか…
そうだ 今月末「Misia Soul Jazz Big Band Orchestra Sweet & Tender」大阪公演への遠征のときに行ってみよう

実は、大倉集古館を外から眺めても、「霊獣」を拝見することができます。

屋根の隅棟の先端、普通ながら鬼瓦が置かれるところで、霊獣「吻(ふん)が大きく口を開けています。

こちらは伊東忠太さんとは無関係ですが、「竜頭」(中国・明時代)

梵鐘を吊す輪っかの部分ですな。
ホントにの形をしています。

大倉集古館の入口手前に、徳川将軍家のお墓の前にあるタイプ(三つ葉葵紋がふんだんにフィーチャー)燈籠2基立っています。
その向かって右側の燈籠を観ると、「巌有源公霊廟前」と書かれていますから、上野寛永寺にある4代将軍・徳川家綱のお墓に奉納されたもののようです。

そして、その奉納者「参議従三位兼(?)行近衛権中将光圀」とありまして、、、って、黄門様こと徳川光圀公であらせられました (光圀は家綱の父・家光と従兄弟)

一方、左側の燈籠は、奉納した人もされた人も、右の燈籠とは違うことは確認しましたが、写真もメモもとらなかったため判りません

まぁ、このように、いろいろ楽しめた大倉集古館でありました。

この後のことも書きたいところですが、「博物館と美術館に初もうで」というタイトルからは離れますので、とりあえず、これにて前後編の完結とさせていただきます。

つづきのようなもの:2020/01/15 博物館と美術館に初もうで (番外編)
「有言実行」のつづき:2020/02/12 2020年最初の関西旅行記 #3-6
別の角度からのつづき:2020/02/18 「御即位記念地図1万分1地形図『東京中心部』」を飾った 

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