『ヒロシマからフクシマへ原発をめぐる不思議な旅』、3月に出張往復の機中で読了。烏賀陽弘道さん、文と写真。ビジネス社。2013年7月1日第1刷。
英語のタイトルの方が本書の中身を表現しているかもしれない、"Road from Hiroshima to Fukushima: Histry of nuclear technology transfer from the US to Japan"。
「Nucler=核=原子力」を納得させられる。「核=悪」、「原子力=善」を使い分けてきた我国、世界でも稀なその独特の心理。でも、その本質は全く同じであり、「核兵器=原子力発電」。ヒロシマ・ナガサキの「被害者」としての感情の陰に、戦争の「加害者」としての反省が曖昧にされたこと。そして、東京電力原発人災で核技術の「加害者」となったことへの戸惑い。
「兵器としてアメリカで生まれ、ヒロシマに落とされた「核」。その双子の兄弟「原発」・・・・・・」。そう両者は双子の兄弟。「アメリカは、臨界状態をつくり出して自然の中に眠っていた核エネルギーを引っ張りだすところから始まって、原爆をつくり、爆発させ、原子炉に閉じ込め、それを発電所に設置しそれが全国や世界に普及していくところまで、全部ひとつながり」。核分裂のエネルギーを放出させるか、原子炉の中に閉じ込めるかの違いであり、原理的には全く同じ。
「核兵器をタブーの領域に押し込めた。双子の兄弟の一人を「いないこと」にしてしまった。原発と核兵器の「血のつながり」を論ずることはタブーになった」。
最終章第10章の最終節「「事故は起こりえない」という欺瞞」で、烏賀陽さんが考えたこと、感じたこと:
(A)核技術はアメリカなどの広い国土で生まれ育った。
(B)アメリカは核技術の最悪の姿を知っている。
(C)情報公開が各技術にも浸透している。
東京電力原発人災で、核技術の「加害者」として、上記(A)~(C)を思い知らされた。ブログ主の印象としては、(A)から、狭い我が国では、日本中が「地元」であること・・・・・・・・・、(B)から、チェルノブイリやスリーマイル島、JCO臨界事故で何も我々は学ばなかったこと、特に、技術者の「安全神話」という傲慢・欺瞞・・・・・・・・・、(C)から、スピーディー SPEEDI (SPEEDI)は言うまでもなく、隠蔽体質・・・・・・・・・。
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内容紹介
「戦争」と「アメリカ」を親に生まれた双子の兄弟「核兵器」と「原子力発電」の歴史を訪ねアメリカ全土を取材。
日本に未曾有の災厄をもたらした原発の故郷から見えた「核」の歴史をリポートする。著者による貴重な写真も多数掲載。
兵器としてアメリカで生まれ、ヒロシマに落とされた「核」。
その双子の兄弟「原発」は、なぜ日本へやってきたのか?
福島第一原発の故郷を訪ねる旅の記録。
アメリカは、臨界状態をつくり出して自然の中に眠っていた核エネルギーを引っ張りだすところから始まって、原爆をつくり、爆発させ、原子炉に閉じ込め、それを発電所に設置しそれが全国や世界に普及していくところまで、全部ひとつながりの「自国の歴史」として体験している。
「核兵器」「原子力発電」はどちらもアメリカ生まれのアメリカ育ち、メイド・イン・アメリカ。純粋アメリカン。そう言ってもいい
日本は「核兵器」と「原子力発電」という双子の兄弟のうち、原発だけを「養子」として連れてきた。それも「アメリカ人がつくった外来技術」を完成品として買ってきた。「技術をゼロから作り上げる」プロセスを飛ばして。
そして核兵器をタブーの領域に押し込めた。双子の兄弟の一人を「いないこと」にしてしまった。原発と核兵器の「血のつながり」を論ずることはタブーになった。(本書から抜粋)
内容(「BOOK」データベースより)
兵器としてアメリカで生まれ、ヒロシマに落とされた「核」。その双子の兄弟「原発」は、なぜ日本へやってきたのか? 福島第一原発の故郷を訪ねる旅の記録。
著者について
ジャーナリスト。1963年京都市生まれ。86年京都大学経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。5年間の新聞記者生活を経て、91年から2001年まで『アエラ』編集部記者。同誌では音楽・映画などポピュラー文化のほか医療、オウム真理教、アメリカ大統領選挙などを取材。03年にフリーランスになり書籍を中心に執筆活動を続けている。3.11後は岩手県、青森県、福島県の津波被災地で取材したほか、福島県に通い続けて原発災害の実態を記録している。著書に『報道の脳死』(新潮新書)、『原発難民 放射能雲の下で何が起きたのか』(PHP新書)、『福島飯舘村の四季』(双葉社)など。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
烏賀陽弘道ジャーナリスト。1963年京都市生まれ。86年京都大学経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。5年間の新聞記者生活を経て、91年から2001年まで『アエラ』編集部記者。同誌では音楽・映画などポピュラー文化のほか医療、オウム真理教、アメリカ大統領選挙などを取材。03年にフリーランスになり書籍を中心に執筆活動を続けている。3.11後は岩手県、青森県、福島県の津波被災地で取材したほか、福島県に通い続けて原発災害の実態を記録している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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目次は以下の通り。
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1 旅立つ前
なぜ、日本に原発があるのか?
2 日本に原発をもたらした父
日本原発史の生き証人、伊原義徳
アメリカの国家戦略「核の平和利用」の名の下に
すべてはマンハッタン計画から始まった
3 核技術が生まれた砂漠
原爆が誕生した砂漠の実験場へ
1945年7月16日、世界初の核実験が成功した
原爆の父、オッペンハイマーの苦悩と蹉跌
4 イタリアから来た男
シカゴ大キャンパスのど真ん中に作られた原子炉
ノーベル賞とアメリカ亡命
戦時下の核開発戦争
核エネルギーを手にした人類は原爆への一歩を踏み出した
5 初めての日本人留学生
核技術の学校に世界各国の人材が集められた
1956年、日本初の臨界実験が成功
6 濃縮ウラン工場の街で
現役の軍事機密都市、オークリッジ
ウラン濃縮に1万トンの銀と国内の10分の1の電力を投入
原爆の原料をつくった人
7 原発のふるさとアイダホ
世界で初めて発電に成功した原子炉を訪ねて
原子炉をぶっ壊す広大な実験場
初めての死者を出した事故はアイダホで起きた
8 核エネルギーを潜水艦エンジンにした男
世界の歴史を変えたアメリカ海軍軍人
「核の抑止力」に絶対不可欠な兵器、原子力潜水艦
原潜の父はスリーマイル原発事故に何を思う?
9 そして日本へフクシマへ
日本初の実験炉の燃料とともにアメリカから運び込まれた
日本の原子力行政第一世代の悔恨
日本原発史とともに人生を歩んだ人、豊田正敏
なぜフクシマに原発が建てられたのか?
福島第一原発は地震や津波を想定していなかったのか?
原子炉は潜在的に危険なものであるという認識
10 旅を終えて
「核兵器」と「原子力発電」は同じ技術から生まれた
「事故は起こりえない」という欺瞞
年表
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