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現世考: 子どもの治癒力 「共に見通す」ことの治癒力1つにする生き方は 楽しい。 改訂版 「ルター派は眠ってたけども、改革派は目覚めていた」 改訂版 初期キリスト教徒は、当時支配的、自分を確......
今朝も私の好きな聖書の言葉から。
あなたのお父さんが,心から優しいように,
皆さんも,心から優しい人になりますよ。
エリクソンのライフサイクル心理学みたい。
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今朝も私の好きな聖書の言葉から。
あなたのお父さんが,心から優しいように,
皆さんも,心から優しい人になりますよ。
エリクソンのライフサイクル心理学みたい。
発達トラウマ障害(DTD)の子どもも大人も,心の友達がいない訳本当に信頼しているものと、「泣く赤子」 視線の不思議 「眼は口ほどに物を言う」という格言がありますよね。自分の気持ちを、言葉に表さずとも......
発達トラウマ障害(DTD)のご相談は,こちらへ。agape☆gmail.com 但し,全て半角にしてから,☆→1430777@に変換してください。当方,年間70~80ケースの発達トラウマ障害(DTD)セラピーをしてきていかなりのケースが善くなっていますよ。あなたも是非位一度連絡してください。料金は収入によっていろいろです。世帯所得によって,ワンセッション500円(家庭保護世帯,母親のひとり親世帯など)~30,000(年収1,000円)
ヴァン・デ・コーク教授の The body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『虐待されたら、意識できなくても、身体はその傷を覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』
今日も,第3章。「脳の中身を見る 脳科学革命」,p.44,最後のパラグラフ。
右脳と左脳とでは,過去に植え付けられたこと,を,まったく別々に対処しています。左脳は,出来事の事実と統計値と言葉遣いを覚えます。左脳の記憶を呼び出して,体験したことを説明し,順序正しく並べます。右脳は,思い出した音,感触,匂い,感情を記憶します。右脳は,過去に体験した声,顔つき,しぐさ,場所に自動的に反応します。右脳が思い出すのは,直感的真理みたいに,その道があります。大切な自分の長所を一人の友達に一覧にして見せる時でさえ,私どものいろんな気持ちは,4歳の時に大好きだった叔母さんの顔を思い出して,深くかき乱されてしまいます。
気持ちのことを,ヴァン・デ・コーク教授は,直感的真理といいますけれども,むしろ,生き物みたい。気持ちには気持ちの命,生命力があって,気持ちは独自に動きをします。
聖書の言葉 : 今日 σήμερονつづきはまた明日 星がこんなに美しいと思ったことなどありません 夜空の星々を見つめたら、永遠を思わざるを得ないでしょう。 『The Sen......
発達トラウマ障害(DTD)のご相談は,こちらへ。agape☆gmail.com 但し,全て半角にしてから,☆→1430777@に変換してください。当方,年間70~80ケースの発達トラウマ障害(DTD)セラピーをしてきていかなりのケースが善くなっていますよ。あなたも是非位一度連絡してください。料金は収入によっていろいろです。世帯所得によって,ワンセッション500円(家庭保護世帯,母親のひとり親世帯など)~30,000(年収1,000万以上)
ヴァン・デ・コーク教授の The body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『虐待されたら、意識できなくても、身体はその傷を覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』
第2章。「革命 心と脳を理解する点で」に入ります。p.29の,第2パラグラフ。6行目以下も一緒にすると。
今や,科学者が証拠を発見して,ノルエピレフリン(ノルアドレナリン)の値が異常であることはうつ病と関係し,ドーパミンの値が異常であることと統合失調症と関係することが明らかになると,特定の脳の異常に効く薬を開発できるかもしれない,という希望が生まれましたね。この希望は十分に実現した試しはありませんでしたが,薬が精神疾患の症状に効くかを測定しようと努力することから,精神医学をもう1つ根本的に変える結果になりましたね。研究者等は正確に体系的に,発見したことを伝える方法が必要なことから,いわゆる研究診断基準が発展することになりました。私もこの研究診断基準に,一介の研究助手としてお役に立ちました。こういった研究診断基準は,結局,精神疾患の課題に対する最初の体系,精神疾患のための統計と方法(DSM)になりました。DSMは,「精神医学のバイブル」としていつも参照されています。1980年のDSM-Ⅲの前書きは,まことに謙虚に,この体系は不正確なものだと認めていました。不正確ですから,DSMは,法医学の目的や医療保険の目的のために用いてはならない,と認めていました。お分かりになるでしょうけれども,DSMが謙虚だった時期は,残念無念ですが,短期間でした。
DSMは,今も不正確です。
現世考: 子どもの治癒力 「共に見通す」ことの治癒力1つにする生き方は 楽しい。 改訂版 「ルター派は眠ってたけども、改革派は目覚めていた」 改訂版 初期キリスト教徒は、当時支配的、自分を確......
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今宵のもう一つは,The life cycle completed, extended version 『神様の命が回転 イッチョ上がり 拡大版』 p.88の10行目途中から,第2パラグラフの途中から。
ですから,神様はシナイの山の上で,モーセに「私がユダヤの民に教えるようにと言った方はどなたですか?」と訊かれて,モーセに言って,「私は『私が今ここに生きている』者だ」と自己紹介して,「『私が今ここで生きている』は,私から皆さんへと移るものだ」というように示されました。この神様のお名前が,人が生きていくうえで持つ意味は,まぎれもなく,唯一の神様が広がる足跡のど真中にありますから,父なる神様の支配する光や,人がその人ならではを生きる光にも関係するようになります(エリクソン,1981(訳注:The Galilean saying and the sense of "I" 「ガリラヤのイエス・キリスト物語と≪私≫の感性」))。
ここでまた思い出すのは,赤ちゃんと最初の他者であるお母さんのが,お互いに認め合うことが,生涯にわたって力があることですし,その力が,神様という究極的な他者に移って,その神様が,神様の心から優しい態度へと皆さんを引き上げ,皆さんに心からの平和へをプレゼントしてくださる,ということです。
賢慮と許しに満ちた時空で,今ここで生きている実感を繰り返しえることができますと,心から優しい態度を身に着け,心からの平和を実感して,人の関わることができます。そういう人は,心が飢え乾いている人にも,その人の望み通りに,その優しさと平和をプレゼントすることもできます。
インターメッツォ: エリクソンの叡智 : 子どもの弱みにつけ込む大人たち本当に信頼しているものと、「泣く赤子」 視線の不思議 「眼は口ほどに物を言う」という格言がありますよね。自分の気持ちを、言葉に表さず......
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今宵も,The Galilean saying and the sense of "I" 「ガリラヤのイエス・キリスト物語と≪私≫の感性」から,p.323,10行目途中から。 少なくとも,4回目の訳し直し。
ウィリアムズ・ジェームズは(彼の著書『心理学原理』の中で)この(訳注:普通の意識では,その存在さえ気が付かない,徹頭徹尾意識の主体である)≪私≫の問題を扱っていますね。しかも,特権的な視点から,すなわち,思想家の視点から。
「私が何かを考えている時はいつでも,私は多かれ少なかれ,《私自身》を意識していますし,《私自身が生きている》ことを意識しています。同時に,意識しているのも私です。したがって,知られている私という私の全ては,いわば二重になっていて,知られている部分と知っている部分,知る対象と知る主体があり,私の中に区別された見方をしなくてはなりません。つまり,私については,《知られている私》と《知っている私》と,その2つを呼ぶことができます」
「《知っている私》,すなわち,純粋自己とは,《知られている私》に比べると,はるかに捉え難い。《知っている私》はいつでも,意識的に《存在します》。他方,《知られている私》は,意識している《相手》の1つです。換言すれば,《知っている私》は考える人です。とするとすぐに思い浮かぶ問いは,その考える人って,《何》なのか?ということです」
このジェームズの文章を読むと,誰かが呟くのが聞こえてきそうですね。「我思うゆえに,我あり」と。しかし,ジェームズの文章の中で私どもが関心を持っているのは,全ての人(その中には考える人も含まれます)の≪私≫の感性ですし,その≪私≫の感性は,≪私たち≫の感性の中で,1つの言葉を分かち合うことによって,他の人たちと一体になります。その1つの言葉は,神の命が回転する場,賢慮と許しに満ちた時空では,皆に受け入れられた世の中を見るイメージが,特定の地域の,ひとりびとりすべてが抱く見通しに影響するだけではなくて,新しい啓示を知らせる神の声を皆が歓んで聞き入れることにも影響する仕方にも,ピッタリとしているはずです。結局は,≪私≫とは,それぞれの人が,やり取りの中で分かち合うことができる体験世界で意識の中心にいることを確かめる硬い岩盤ですし,その中心にいることがあまりにも,畏れに近い驚きと感激に満ちたヌミノース体験,神様が自分を肯定してくれる体験ですから,晴れ晴れとイキイキと生きている実感ともなりますし,さらには,「生きている」って,厳粛に言葉にできる上で欠かせないことにもなります。同時に,2人か,3人,ピッタリ同じな,世の中を見るイメージと言葉を分かち合う人だけが,しばらく,それぞれの≪私≫が1つの≪私たち≫に一心同体になることが出ます。
発達トラウマ障害の子ども,大人が増え,生きている実感が乏しい人があふれているのは,神様に肯定してもらうヌミノース体験がないし,日常生活の礼拝を失って,命のないルールの押し付けばかりの日常に,皆が辟易し,疲れ切ってているからでしょう。
解決策も自ずから明らかでしょう。
私が何かを考えるから,私が生きている実感を持てるのではないのです。
私が神様から「いいよ,いいよ」と肯定される声を聴き,その驚きと感激を体験し,少なくともそれをもう1人の人と分かち合うことができるから,圧倒的で静かな歓びも体験し,いついかなる時にも,陽気で楽しく生きることが実現するんです。