細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

マネジメント

2013-04-17 06:10:48 | 職場のこと

私は企業経営はしたことがありませんので,ドラッカーのマネジメントの本当の真髄は分かっていないかもしれません。が,一事は万事。私の日常である研究室のマネジメントやプロジェクトマネジメントも,本質は経営者のマネジメントと同じでしょう。

人と話していると(特にその方の悩みを聞いていると),この人はマネジメントが上手だな,とか下手だなとかすぐに分かります。

マネジメントができる人は,同じ組織の他の人のことをよく考えている。他の人の役割のことをよく考えている。

マネジメントできない人は,自分のことばかり考えていて,同じ目的に向かって集まっているはずの他の人の役割(毎日,それらの人にだって仕事はあるし,学生にも様々な役割がある)にまでイマジネーションが至らない。自分からの目線ばかりで物事を見ている。

マネジメントできる人は,自分のこと(能力も含めて)を相対的に見ることができる。例えば部下が言うことを聞かないのも,結局は自分のせいです。なぜ部下が言うことを聞かないのか,学生たちがなぜ教員の思うように行動してくれないのか,すべて上司のせいです。自分にどんな問題があるのか,逆に自分の長所は何なのか,自身を相対的に見ることというのは結構難しいものなのでしょうね。

マネジメントする立場にある人ほど,自分の実力と,自分自身に対する評価が一致していないといけない。実力の方が低いと,周囲の方々や部下たちは簡単に見抜いてしまいます。バカにします。そうなるとマネジメントはできない。

私は自分の優れているところも分かっているし,全然ダメなところも分かっています。だから,全部自分でやろうとしません。徹底して人に任せるようにします。 権限を委譲して任せます。

今年度からは週に3日,小林さんに秘書として研究室の活動を支えていただきます。私は私の活動のうちの事務的なもの(部屋や書類の整理も含めて)をほぼすべて,小林さんに行っていただくよう,マネジメントを開始して,実践し始めています。私の仕事だけでなく,研究室全体の活動の中でも小林さんにやっていただくべきものを選択し,また創りだしています。

その結果,昨年度までよりも,私の事務的な業務量は減っています。もしくは,昨年度までできなかった事務的な仕事(居室や書類,回覧雑誌などの整理も含めて)が回るようになってきています。

今年度,研究室が新体制になって「ピンチ!」と思っている人がほとんどだと思うのですが,上記のように私にとっては「チャンス!」です。実際に,私自身はさらに事務的な仕事から解放されるようになり,かつ事務的な仕事をこなす総力はアップし,私は自分の時間を研究,教育に投資することができます。結果,皆がハッピーになればよい。

これが,40歳になったばかりの私のマネジメントです。 


世界トップの研究者

2013-04-17 05:56:13 | 研究のこと

昨日は,16:30から1時間半ほど東大の前川宏一先生とミーティングをさせていただきました。

私の指導している小松君の研究についてのご相談なので,収縮,クリープ,実構造物の時間依存変形,ひび割れの経時変化辺りがキーワードです。

前川先生は私の師匠でももちろんあります。修士論文の指導教員です。非常に恥ずかしいレベルの論文ですが,昨日気づいたのですが,実はこの修士論文でやろうとしていたようなことを,小松君と一緒に格闘しているのだな,と思いました。そういう意味で,かなりレベルの高い議論が飛び交ったと思いますが,私にはとても幸せな時間でした。

前川先生に指導していただいていたころは,全く使い物にならない学生でした。最近は,JR東日本-東大の技術交流会や,先日の4/6(土)には高知で新たに立ち上がったSSMS研究会(岡村甫先生主催)でも,私が自分の研究について発表することが多く,その後の懇親会等で前川先生とじっくりお話しすることも多いです。最近はほめていただくことばかりです。いろんなことを教えていただくたびに,またほめていただくたびに,やる気になるし,パワーアップしていきます。

昨日は,たくさんのことを手帳にメモしましたが,すさまじいレクチャーでした。岡村,コリンズ,レオンハルト,バジャンなどのビッグプロフェッサーの様々な裏話も聞かせていただき,研究の真髄を見せていただいたように思います。すごすぎてあっけにとられました。

さて,小松君の研究はゴールにたどり着くまでにはもうひと頑張り必要でしょうが,方向は合っているようです。前川先生の感覚と,私の感覚もほとんど一致していましたので,後は頑張って作業を進めること。小松君にとっては,その感覚をしっかりと自分のものにしてもらうこと。誰にでも分かるように自由自在に説明できるようになってもらうこと,です。

私の卒業論文(これも駄作)が,「建設工事システムがコンクリート構造物の品質に及ぼす影響」で,指導教員が小澤一雅先生(当時30代前半)でした。これを,私は山口システムや,東北の復興道路でチャレンジしていることになるでしょうか。

不思議なもので,結局原点に戻ってくるのでしょうか。

私は淡白なようで,いいかげんなように見えて,実はしつこくて,徹底的にやる一面も持っていると思っています。時間はかかるかもしれないけれど,「できることをやる(バジャン)」のではなく,「やるべきことをやる(岡村)」でいきたいと思います。

研究の作法とは少しずつ身に付けて行くものです。私のテーマの中にも,まだまだ「できることをやる」的なものが残ってはいます。これは未熟な研究者だから仕方ない。でも,少しずつで良いので,すべてを「やるべきこと」に変えて行きたいと思います。10年近く前の横浜国大に赴任したばかりのころに比べると,かなりテーマも良くなってきたとは思います。