細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

我慢、ではない

2022-09-01 16:10:37 | 人生論

お酒をやめてそろそろ5ヵ月になろうとしております。懇親会、飲み会の場にはちょこちょこ参加しておりますが、飲むように勧める方がまだおりますし、「さすが細田先生。意思が強い」などとおっしゃる方が多いので、決して「我慢」しているわけではない、ということを書いておこうと思います。これ、結構本質的なところです。

現在の私は(2022年4月以降は)、基本的に体に悪いことや、自分で後ろめたく感じるようなことをほとんどしておらず、極めて健康的な生活を送っていますし、まだ若干の余裕はありはしますが、ほぼ全力で仕事にも取り組んでいる状況です。

もっともっと高いレベルで仕事や生活をしている方ももちろんおられるでしょうが、私としてはほぼベストを尽くしている状況にあります。それが「意思」の強さによるものかどうか。

例えば、毎朝、体操しています。4月以降、一日だけ体操しない日がありましたが、真夜中のコンクリート打設に立ち会った夜勤明けの日でした。まあ仕方ないかと。

この体操一つとってみても、私にとっては完全な習慣であり、習慣ということはまさに生活の一部なので、「意思」の強さで継続しているという感覚では全くありません。ブログでも公開している私のミッション・ステートメントに従うと、毎日の習慣として自然に行われることになります。

逆の言い方をすると、体操しない方が違和感があり、習慣が崩れるので、結局すべての活動の土台が崩れていくことになり、そんなことをしたくない、という気持ちになります。

習慣に従っている方が楽、なのです。ここが最も本質的な部分と思います。意思の強さで継続しているのではない、苦しいのを我慢しているのでもない、その方が楽、なのです。

お酒も一緒。アルコール依存症、もしくはそれに近い人は数えきれずいると思いますが、私も軽度の依存症を自覚していた状況でした。その状況から脱するにはいろいろな方法があり得るかと思います。入院したり、お酒を飲めなくする薬を飲んだり、断酒会に入会したり。。。

私の場合は、お酒をやめよう、と決意した後、いろいろと勉強しました。そして、頭で(知識で)理解し、お酒にはメリットが無いと心の底から認識しました。というわけで、お酒を楽しんでいる方には申し訳ないですが、「酒を飲むのがバカらしい」と私の頭が認識した、ということです。いろいろ勉強しましたが、やはり決定打はアレン・カーの「禁酒セラピー」でした。

33歳のころにタバコも止めましたが、同じ止め方でした。タバコを吸う吸わないはそれぞれの自由と思いますが、私は吸う気がさらさら無くなり、今は我慢も何もしていません。

お酒に対しても一緒で、わざわざそんなもの飲む必要がないし、飲みたくもない、という状況です。一度飲むと、元の木阿弥で、またずるずると酒浸りになることも容易に想像がつくので、わざわざそんな習慣に戻る必要は全くありませんので、このまま止め続けたいと心の底から思っています。

というわけで、我慢しているわけでは全くありません。

そんな生活しているとストレス溜まりませんか?という質問が来そうですが、スーパー銭湯行きまくってますし、サウナにもしょっちゅう入っているし、カイロプラクティクやマッサージなど健康と快適さを兼ね備えた趣味にもどんどん投資していますし、心身ともに快調です。時季に応じて様々なスポーツもバリバリやってます。スカッとお酒を止めた人がよく言うように「酒なんか飲まなくても楽しいことなどいくらでもある」のです。

9/3からは久しぶりの海外出張で、ベトナムに行ってきます。海外渡航の飛行機の中など、これまでは間違いなくお酒を飲んでましたが、今回のビジネスクラスではどんな時間を過ごすでしょうか。9/21に開催される弁論大会の原稿がまだ全く着手できていないので、その原稿の書き出しと、9/5の国際シンポジウムでの講演の準備であっという間、でしょうかね。


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