小言コウベイN

日々感じた風刺等について書いています。

化野

2014-02-25 09:13:47 | 日記
        化 野  NO.332

 インターネット情報によると、京都府右京区嵯峨野にある浄土宗の寺とあります。 「あだしの」と読みます。
1800年間前の平安時代に、空海が野晒しになっていた遺骸を埋葬するまでは死体の捨て場でした。
この時代、家の中で死者を出すことを死穢(しえ)と言って、けがらわしいと、死期が近づいた人をこの化野に捨てに行きました。
捨てた死体に最初に群がったのは古着ドロボーでした。
下着ドロボーは死体もしくは瀕死の人体から衣類をハギ取りました。
衣類は当時貴重品で、今の三越や大丸デパートは古着屋から起業して大成したのです  次に群がったのはカラスです。
カラスは死体から目の玉をついばみました。
その次に群がったのは山犬です。 山犬は人肉を食(は)みした。
その次はウジ虫が湧いて人肉は朽ち果て骨だけが残りました。
この化野の「葬儀」を当時は「風葬」と呼んでいました。
死期が近づいた人や役に立たなくなった人を「捨てる」という風習は、深沢 七郎の「楢山節考」にも描写があります。
老いた母親を姥捨て山に捨てに行く道すがら、黒い塊があってそれがゆらりと動き、次の瞬間無数のカラスが飛び立った、そこには今しがた死期を迎えたと思われる死体があった・・・と言う生々しい記述です。
今時そんな非人道的は人間の「捨て場」はありませんが、若者のネットカフェとか、高齢者用の粗悪な住環境のシェアハウスなどは、平安の死体捨て場と精神的には、大差はないのではないでしょうか?
生きる権利は一体どうなっている!
*「澤田 ふじこ」のシリーズ著書 を参考にしました。

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