切手収集、果てしなき旅そしてロマンを求めて...

小学校2年生の国語の教科書で挿絵に日本の記念特殊切手が紹介されていました。その魅力に取り付かれて早50年近く...。

聖護院・比叡山分室局の昭和6年の消印

2007年04月14日 | 消印
 私の持っている資料によると、聖護院・比叡山分室局は、①昭和5年4月11日設置、昭和5年11月1日廃止 ②昭和7年4月11日設置、昭和7年11月1日廃止 ③昭和8年4月1日設置、昭和8年11月11日廃止 となっていて、昭和6年の記録が有りません。ただ単に昭和6年の記録の記載漏れなんでしょうか??

 それともう一つ、この分室局は季節局の様な性格だったのでしょうか?

 和文櫛型印は御覧の様にD欄分室名入りで魅力的な形態です。
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2 コメント

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設置告示無し (福ちゃん)
2007-04-15 12:04:13
いつも拝見させて貰っています。
この分室は告示が出ていないようですので、お持ちの資料はどういう資料か大変興味があるところです。
私は、昭和4年11月5日の印影を所持していますが、果たしていつから設置されたんでしょうか。

別の資料として、「戦前の風景スタンプ集」があります。この本には、風景印の使用開始は昭和6年9月25日とあり、開設期間4.11~10.31とあることから季節局扱いだったことが分かります。

ところが、昭和12年11月11日に聖護院局が左京局へと改称されると共にこの分室も左京局比叡山分室へと改称された事と思います。風景スタンプ集には昭和12年11月11日付けの印影が載っていますが、開設期間ではないのです。左京局比叡山分室としての初日は昭和13年4月11日と推察しています。本局の改称告示は出ていますが、分室の改称告示は出ていないようです。

別の資料「国内分室一覧表」(いずみ175号)によると、左京局比叡山分室への改称は昭和14年4月1日となっています。この日付の印影は荒井國太郎氏の思い出の消印集に載っています。

結局なんだかよく分からない分室です。ハッキリと告示が出ているのは、昭和19年3月31日で廃止です。実質は昭和18年の開設期間終了日と言うことになると思います。
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聖護院・比叡山分室局 (blog管理人)
2007-04-16 20:06:56
福ちゃん、詳しい解説有難うございます。
実家に詳しい文献があると思いますので、今週末に調べてみます。
今回、開設期間を調べた文献は鳴美スタンプ商会刊『現行消印ハンドブック1993年版』です。家に『荒井国太郎の思い出の日付印集』と『戦前の風景スタンプ集』があたんで確認しました。今イチ、開設情報が分りませんね。それにしても、京都市内の郵便局の分室が滋賀県の比叡山にあったのも不思議ですよね。
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