まだまだ伊良部島でのやり残しは山積みなのですが、7/8に帰らねばならぬ都合、そろそろ宮古島に渡らねば。
全日程を伊良部島で過ごしてもあまり後悔はしないと思うけど、宮古島にもやり残しがたくさんあるので、まったく触れずじまいというのも心残りになりそうなので、宮古島に渡りました。
出発の朝のパイロット訓練場脇の海。
宮古島から伊良部に船で渡ると、伊良部島の森の丘の上に大きなサシバのモニュメントみたいなものが見えます。
牧山という公園にある展望台なのですが、行ったことがなかったので、行ってみました。
宮古島との間の海を一望できます。
現在建設中の伊良部大橋。
もう少しでつながります。
2年後に完成だとか。
巨費を投じて、ろくでもないものを作ってくれるもんです。
そんな巨費があるなら、宮古の自然をもっと研究して、それを最大限に生かした観光ビジネスを作ってもらいたいものです。
離島ならではの情報格差を埋めるために、立派な図書館を作って、インターネットも使い放題にするとかしてほしいです。
離島であればこその、教育、文化、情報発信で、インターネットの生かしがいがあると思うんです。
僕が2晩通った森。
とても小さな森です。
宮古島・伊良部島で残された数少ない森ですが、それもどんどん端からサトウキビ畑に浸食されています。
これ以上、サトウキビ畑を増やして喜ぶのは個人だけ。
お金は欲しいでしょうけど、故郷にもともとあった生態を跡形もなく破壊し尽くすことにためらいをもつだけの余裕と郷土愛を持っていてもらいたいものです。
牧山の崖の上にある森は、二次林なのかな?という印象を持ちました。
松の木がたくさん見受けられました。
散歩道が整備されているので歩きやすいです。
散歩道を歩いていてみつけた、おそらくは戦時中に作られた偵察用の?豪。
人の手で掘られたものです。
一番奥は崖の腹に出て、展望が利きます。
ここから米軍の艦船を偵察したのではないでしょうか。
沖縄の豪によくみられる倉庫などの部屋はありませんでした。
ただ、一本まっすぐ掘られただけの豪でした。
居住性はなく、弾薬・食料などを保管するスペースもなく、あまり有効活用されていなかった豪に見えました。
御嶽を見かけたので、立ち寄ってみました。
ウガンジョ(拝所)には、線香の灰が山と積まれていました。
ここで拝み続けている人がいるのでしょう。
なにを祈っているのでしょう。
御嶽の樹にサキシマキノボリトカゲがたくさんいました。
タイミング的に「はやて」に乗って、宮古島に渡りました。
宮古島に渡り、適当に宿を決めました。
普通の低所得家庭向けアパートをそのまま宿にした感じでした。
8畳くらいの部屋が二つと、6畳くらいの台所、沖縄特有のシャワートイレの間取り。
家族で住める広さ。
冷蔵庫、コンロ、調理器具、調味料つき。
これで一泊3千円。
表に出ると、いかにもな沖縄の住宅街。
ドアにつけられた針金。
これ、沖縄ではよく見られます。
なぜドアを開けっ放しにするのか?
「クーラーもあるけど、こうやってドアと窓を開けとけば、海風が通ってすずしいさぁ」
とは、宿のおばさんの言葉。
僕も沖縄の住人だった頃、夏場は窓全開、ドア全開にしてました。
窓から外をみると、同じことをしている家庭がたくさん見えたものです。
開け放たれたドアには、すだれなどをかけますが、ものすごく不用心です。
本土から来た友人がアパートの多くの部屋のドアが開け放たれているのをみて、
「沖縄ではドアを開けっ放しにしておくものなの?」
と聞いてきたことがあります。
たしかに本土の感覚からするとかけ離れている。
窓・ドアを閉め切って、クーラーがんがんにかけてもいいのですが、ここは沖縄。
海風が絶え間なく吹いています。
家のすべての窓とドアを開け放つと気持ちがいいんです。
住んでみればわかります。
その夜は、森に行くつもりだったのですが、結局まんたの人々とお酒をかわして終わったのでした。