林檎の唄 ~ アップルビデオ高津店オフィシャルブログ

アコースティック・バンド「アップルビデオ高津店」
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我が心のキラー・チューン その3 高校生編

2016年05月23日 17時15分20秒 | キラー・チューンを探す旅


さて、仕事が忙しくて、わけわからんことになっていますが(笑)
ブログの更新は欠かしませんよっ
いやあ、考えてみれば、もう1年以上、毎日更新しているんですなあ。
これ、バンド4人でかわりばんこに書いているから、なんとかなっているんであって、1人じゃとても無理ですわ(ため息)
やっぱり、仲間っていいもんですなあ。

さて、それはともかく、前回はおいらが中学生のときに、SFやファンタジー系にハマっていた、というところまででしたな。

この時期はけっこう長く続きまして、高校2年生くらいまではあっちの世界に片足を突っ込んでいました(笑)


おいらは前にも書きましたが、広島県の山奥の田舎町の出身です。
んで、高校受験して、広島市内の私立の男子校に入学します。

そこは、あんまり偏差値の高くない仏教系の男子校でして。
脳みそが筋肉でできているような面白いやつらが、わらわらいた場所でしたわ。
おいらの実家からは汽車(電車ではない)で、2時間くらいかかるもんで、学生寮に入りました。

その高校生活は、まるで強制収容所(爆笑)

先輩たちから言われたのは、

「夏休みや冬休みのことは、仮釈放と言え!(笑)」

ということでして、当時のおいらたちの気分をすごくよく反映していると思うのですわ。

まあ、今思えば、あのころはすごかったですわ。
教師は竹刀(人によっては木刀も!)を持って歩き回り(爆笑)
生活指導室(別名、拷問部屋・笑)からは生徒のうめき声や悲鳴が聞こえてきたり(おいおい)

たしかにとんでもない学校生活だったんだけど、それなりに楽しかったのも事実。
とくに同じ生活をしていた友人たちとの関係は、友人というよりは戦友といった感じ。

そしておいらにとって大きかったのは、毎週末になると、汽車に2時間以上乗って実家に帰る生活になったということ。
その往復4時間くらいの時間に、集中して音楽を聴くようになったのですよ。

中学生のときに買ったTMネットワークのCAROLは、聴きすぎてテープが伸びて、切れてしまい・・・
かといって、新しい音楽を買えるだけのお金もない・・・

そんなときに、おいらは実家の片隅でレコードを発見します。

それが、冒頭の写真の、

尾崎豊の「17歳の地図」ですね!!

それは兄貴が購入していたものでしたわ。
おいらはそれを、こっそりとテープにダビングして、持ち歩きます。

いやあ、衝撃を受けましたな。
とくに、「15の夜」のすさまじさ!!
おいらが初めて、歌詞のすごさに殴られた瞬間でしたなあ!!

しかも、当時は今のようにたくさん音楽を購入できるわけでもなく。
さらに、カセットテープのウォークマンで聴くわけですから、同じアルバムを、それこそ数えきれないくらい繰り返し聴くわけです。
だから、音の一粒一粒まで残さず賞味するって感じなのです。
これは、今とはぜんぜん違う音楽の聴き方だと思うのですよ。


当時の人にしか分からない、ノーマルとハイポジメタル!!
これ、テープのグレードなのですよ、良い音で聴きたいときは、ちょっと高いテープにダビングするわけです。
ん~、今思えば、そんなに音質に違いがあったのかな?(笑)


それはともかく、おいらはその後、なけなしのお金を使って、

セカンドアルバムや、

サードアルバムを買います!!

いや、もうほんと、狂ったようにこればかり聴いていましたなあ。

当時の学校(収容所)生活で抑圧された精神と、尾崎の音楽(特に歌詞)がマッチしたのですわ。

そして、だんだん、聴いているだけでは物足りなくなってきて。

歌いたくなってきます。
日ごろ、収容所生活で自由が抑圧されてますからねえ(笑)
でも、家では歌えません、家族の迷惑になるから。

おいらの実家は、山奥の町の、さらに人里離れた山奥にありましてな。
となりの家まで、100メートルくらい離れているのですよ。
そこには、大きなため池があって。
そのため池のわきに、おいらの実家に行くためだけの道があって。
街灯が、ぽつんと立っているのですよ。

その街灯の下で、1人で尾崎豊の曲を熱唱してました(爆笑)
もちろん、アカペラです(うわあ)
しかも、狂ったように聴いているから、歌詞もメロディーも完全に憶えてしまっている!!
毎回、1時間くらいは歌っていたような気がしますわ。(恥ずかし)

このときの体験に、現在のバンドのもとがあるんですな、今考えてみると。
人前で歌いたい」という願望が、高校生の時に芽生えたわけです。
そして、路上で歌うことに抵抗感がなくなっていったということですわ。

しかも、客がついた(爆笑)

おいらが街灯の下で歌っていると、毎回遠くに見える家の窓から、人がのぞくようになったのですよ。
そして窓を開けて、文句を言うでもなく、ず~っと聞いている。
田舎町だから灯りなんてほとんどなくて、真っ暗な中にその家の窓が明るく見えて。
その窓に、必ず、人影が立つのですよ。

いや、客じゃなくて、おかしな人を見るようにしてのぞき見してたのかもしれないけど(笑)
今にして思えば、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
あ、今は、路上でバンド活動をやっているわけだから、このときと今の状況は、さして変わらないわけか(爆笑)
いつもいつも、すいません。

というわけで、尾崎豊の「15の夜を聞いておきましょうか。
尾崎豊 15の夜

うわあ、おいら、尾崎豊のライブ映像はちゃんと観たことなかったので、新鮮だわ~。
当時の田舎町じゃあ、情報が限られていたからね~。

尾崎豊って、テレキャスターを使っていたのか~。
なるほど、ブルース・スプリングスティーンに憧れている、っていう記事を読んだことがあるからな~。
スプリングスティーンと言えば、テレキャスター。
やっぱり、ギターを弾くようになってから、ギターに目がいっちゃうな~。
そう、この後おいらは、ブルース・スプリングスティーンを聴くようになっていきます。

まあ、それはともかく、こうしておいらの青春が過ぎていったのでした~。

続きは次号じゃ!!