西行考
序
西行については個人的な興味からもこれまでも幾度か論じてきました。また、西行の事跡を辿って、西行のゆかりのあるお寺なども訪れて、感想文や紀行文に、日記などにも記録してきました。
ただ、そうして西行について論じるのであれば、これまでのように漫然とではなく、せっかく同じ事なら、もっと全面的に明確な目的意識をもって、またより哲学的な視点からも深く論じてゆきたいという気持ちの湧いて来たのも事実です。それで、西行考として、このブログでももう一つ独立したカテゴリーを作って、そこで資料やら文献も収集して行くと同時に、それらも踏まえて私自身の拙論なども加えて蓄積してゆこうと思いました。一応基本的な文献としては、新潮社版と岩波文庫版の『山家集』を活用するつもりです。歌番号は新潮社版に従っています。
ここで、西行と彼の生きた時代を、当時の政治体制や経済制度、また当時の時代思潮および宗教や芸術、風俗や衣裳、建築などまでをもふくめて、さらに深くできうるかぎり綿密に調査研究して行くことができればと考えています。
もちろん、西行のような歴史的な人物については、すでに多くの学者、優れた歴史家、小説家などによって研究され尽くしているような感もあり、今更、私のような素人が挑戦しても、それは屋上屋を架することにすらならないかもしれません。しかし、たといそれがどんなに無意味な無駄な試みであるとしても、少なくとも私個人にとってはなにがしかの意義があるはずです。
とくに個人的な興味から、さらに現代哲学的な視点から考察すること、その短歌芸術、言語、哲学思想、宗教的な背景や西行独特の精神構造など、時間と空間の総合的な観点から、できうるかぎり人間西行とその時代の全体像を把握して行くことを志そうと思っています。
いずれにしても私自身の能力以上の事は願ってもかないませんが、もちろん、歴史的な対象を認識するとしても、それは私個人の主観的な観点を通じて以外にはありません。実際、西行という人間像を客観的に把握するにしても、それはすべて主観的な認識を介して以外にはありえないものでもあります。それは同時に私自身の歴史認識の方法自体を吟味しつつ行ってゆくことになります。そうして、できればこの考察が伝記的にも客観的な考証であると同時に、また一つの芸術品であることを願うものです。
それでは、あらためて時間と空間を越えて、西行探求の旅に出かけることにします。どうかこの旅が稔り多く楽しいものになることを祈りつつ。
涼風如秋
250 まだきより 身にしむ風の けしきかな
秋先立つる み山辺の里
りょうふう秋のごとし――――夏の終わりの涼しい風はもはや秋のそれのようである
いまだ暦では秋の季節でもないのに、もう吹いて来る風は身に染みいるように感ぜられる。都に先だって秋の早く訪れるこの奥山深いほとりの、とある山里に暮らしている今の私にとっては。
ここでも時間の推移が季節の変化として西行によって明確に捉えられている。それと同時に、西行の今の暮らしの場所でもある奥深い山里の光景が、かって西行が過ごした華やかな都に流れる時間を基準とする対比において歌われることによって、西行の身に生じた境遇の変化も、また、それに伴う西行の寂しい情感も伝わって来る。「み山べの里」という第五句が、奥山の山林の大きな自然の陰にひっそりと寄り添うようにして、隠れ里のように暮らしている集落の人々の生活の営みを想像させる。
松風如秋といふことを、北白川なる所にて人々よみて、また水声有秋と いふことをかさねけるに
251 松風の 音のみならず 石走る 水にも秋は ありけるものを
松林の間を吹き抜ける風の声に秋そのものを感じる、という歌を北白川というところで人々が詠みましたが、さらに川水のせせらぎにも秋があるということを一首の中に重ねて私は詠みました。
松風の声のみでなく、岩の上を流れる川のせせらぎの響きにも秋はひそんでいるのでしょうに。
風の音、水の流れる音などによって聴覚に訴えてくる秋に加えて、鮮烈な水の流れを見るという視覚の中にも、秋の到来を確認しようとする。言葉遊びの色濃い歌である。
この歌を詠んだとき、西行には、春の訪れの歓びを歌った万葉の次の歌が念頭にあったはずである。
石走る 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも
志貴の皇子