花巻教会では数年前から、受難日に「十字架の道行」の黙想を取り入れています。カトリック教会へ行くと、イエス・キリストが裁判にかけられ、十字架の死に至るまでの様子を14の場面で描いた絵画やレリーフなどがあります。この14の場面を辿り、イエス・キリストの受難を黙想するのが「十字架の道行」の祈りです。
今までは日本基督教団出版局『信徒の友』などを用いてきたのですが、今年はパワーポイントを使うことにしました。写真は私が2009年のイースターにフランス・ルルドを訪れた際に撮影した、「十字架の道行」です。小高い丘の上に、等身大の像が立っていました。涙が出そうなほど懐かしい写真の数々、全部整理し出すと大変なことになりそうなので今回は十字架の道行だけに留めますが、早いものであの旅からもう10年近くの歳月が経つのですね…。当時汲んできたお水は、今も変わらず家にあります聖母と出会った少女、ベルナデッタの終焉の地、ヌヴェールも同じ年に訪れたのですが、そちらは仲間と一緒だったのであまりゆっくり見られず…。いつかもう一度と願っています。
↓ここが「十字架の道行」の入口。ここから山道を登って行きます。
①イエス、死刑の判決を受ける
②イエス、十字架を担わされる
③イエス、十字架の元に初めて倒れる
④イエス、悲しみの聖母に出会う
⑤キレネ人シモンがイエスの十字架を強いて背負わされる
⑥ヴェロニカ、イエスの御顔を拭う
⑦イエス、再び十字架の元に倒れる
⑧イエス、嘆き悲しむ女性たちを慰める
⑨イエス、三度十字架の元に倒れる
⑩イエス、衣服を剥がされる
⑪イエス、十字架につけられる
⑫イエス、十字架上で息を引き取る
※イエスの足元にはマグダラのマリア、そして激しい自責の念に苛まれるペトロ?の姿があります。
⑬イエス、十字架より下ろされる
⑭イエス、埋葬される
⑮イエス、復活される
近年は十字架の道行に第15の場面「復活」を加えることもあるようです。ルルドの復活の場面には人物がおらず、蓋の開いた墓だけで復活が表されているのが非常に印象的でした。花なども供えられてあり、優しい心遣いを感じます。
「十字架の道行」の周囲には、このようなのどかな風景が広がっていて、馬が草を食んでいたりしました。「十字架の道行」の内容の残酷さとは全く対照的なだけに、これも私の中で印象に残っている1シーンです。
私事ではありますが、今回、受難週前の丁度良いタイミングで大仕事が終わりました。また、まだ風は冷たいものの花巻の地もようやく雪が消え、春の訪れを感じるようになりました。この1週間は心と身体を整え、主のお苦しみを想い、来るべきイースターの時を待ち望みたいと思います。
今までは日本基督教団出版局『信徒の友』などを用いてきたのですが、今年はパワーポイントを使うことにしました。写真は私が2009年のイースターにフランス・ルルドを訪れた際に撮影した、「十字架の道行」です。小高い丘の上に、等身大の像が立っていました。涙が出そうなほど懐かしい写真の数々、全部整理し出すと大変なことになりそうなので今回は十字架の道行だけに留めますが、早いものであの旅からもう10年近くの歳月が経つのですね…。当時汲んできたお水は、今も変わらず家にあります聖母と出会った少女、ベルナデッタの終焉の地、ヌヴェールも同じ年に訪れたのですが、そちらは仲間と一緒だったのであまりゆっくり見られず…。いつかもう一度と願っています。
↓ここが「十字架の道行」の入口。ここから山道を登って行きます。
①イエス、死刑の判決を受ける
②イエス、十字架を担わされる
③イエス、十字架の元に初めて倒れる
④イエス、悲しみの聖母に出会う
⑤キレネ人シモンがイエスの十字架を強いて背負わされる
⑥ヴェロニカ、イエスの御顔を拭う
⑦イエス、再び十字架の元に倒れる
⑧イエス、嘆き悲しむ女性たちを慰める
⑨イエス、三度十字架の元に倒れる
⑩イエス、衣服を剥がされる
⑪イエス、十字架につけられる
⑫イエス、十字架上で息を引き取る
※イエスの足元にはマグダラのマリア、そして激しい自責の念に苛まれるペトロ?の姿があります。
⑬イエス、十字架より下ろされる
⑭イエス、埋葬される
⑮イエス、復活される
近年は十字架の道行に第15の場面「復活」を加えることもあるようです。ルルドの復活の場面には人物がおらず、蓋の開いた墓だけで復活が表されているのが非常に印象的でした。花なども供えられてあり、優しい心遣いを感じます。
「十字架の道行」の周囲には、このようなのどかな風景が広がっていて、馬が草を食んでいたりしました。「十字架の道行」の内容の残酷さとは全く対照的なだけに、これも私の中で印象に残っている1シーンです。
私事ではありますが、今回、受難週前の丁度良いタイミングで大仕事が終わりました。また、まだ風は冷たいものの花巻の地もようやく雪が消え、春の訪れを感じるようになりました。この1週間は心と身体を整え、主のお苦しみを想い、来るべきイースターの時を待ち望みたいと思います。