キャラバン サライ

夢は大空へ、努力は足元で、世界に目を向けながら足元から子供たちを見直していきたいと思っています。

「走る」考察~定義~

2009年02月01日 | Weblog
なにやら短距離走についていろいろ考察しているブログを後輩が作っていて、読んでいたら久々にそういうことを考えてみたくなったので、作ってみた。まずは、導入から。


人が速く走るとはどのように定義されるのだろうか。
もし、人が「足が速くなること」という目標を立てるのであれば、この定義ははっきりしたものでないといけない。

「足が速い」というのは他のスポーツと同じように、相対的で人により様々な解釈ができる。例えば、バレーボールであればスパイクを強く打てる選手とトスを正確に上げられる選手のどちらがバレーボール選手として優秀かはこの時点では決められない。また、勝ち負けが全てと言う観点から考えて、強いチームにいる選手が強いと言うことも簡単には言えない。

同様にして、足が速いという定義もまたこの状態では非常に曖昧だ。

野球選手が行うベースランニングを陸上の短距離選手がやってもなかなか野球選手には勝てない。それは、短距離選手は直線を走る(トラックのコーナーを除く)ことを大前提にしているからである。
また、短距離選手がバスケットを行っても、やはりその足を生かすことは難しい。これは、バスケットは状況に応じてスピードを調節しあるときは前のスピードを瞬時に左右後ろへ転換する必要があるのに対して、短距離は決められた距離を全力で駆け抜けるという前提の競技であるからだ。

上記のことから、短距離における「速く走る」という定義が少しだけ浮かび上がってきたように思う。すなわち、

1) トラックの上を走り、コースは予め決められている(ジグザグに自由奔放に走ってはいけない)
2) 非常に平らでタータンと呼ばれるゴム製のコースを走る
3) 途中で方向転換やスピードを調整する必要がなく、全力でゴールまで走る

これ以外の、短距離独特のしばりとして以下の2点があるが、本質的なことではないので今は特に考えない(大きなしばりだとは思うが)。

4) スターティングブロックを使用して、雷管の合図でスタートする
5) ゴールラインから垂直方向に胸が到達した時点でゴールとする"

上記のしばりの中で「できるだけ短い時間で指定の距離を走りきる」ことを目的としたのが、陸上短距離という種目だ。

このしばりの外の世界で、いわゆる足の速い人はたくさんいる。前述のベースランニングの野球選手しかり、バスケット選手しかり、さらに野生のターザンも足がきっと速い。しかし、一度このしばりの中に入ると意外にも速く走れなくなってしまうものだ。

つまり、陸上短距離を行うということは、それ専門の技術を修得しないといけないということになる。当然、その技術はそのまま他の走るスポーツに応用できるものではあるが、他のスポーツ(ベースランニングやバスケットでのダッシュ)でうまくなりたい人はそちらを専門に練習した方がずっと近道だろう。

陸上短距離という種目で速くなりたい人のみ、陸上短距離の技術にどっぷりつかる方がいいと思う。それは、底なしのふか~い世界だと思う。

言葉の危うさ

2009年02月01日 | Weblog
ちょっと前に一つ日記を書いて、次の日の朝に消した。
どうも、表現が適切じゃない気がして。

内容は、建設現場っていうのは、健康状態のチェックが厳しいため、身体障害者や精神障害者がおらず、人工的な町という気がする、というようなもの。

書いた後に考えていたら、いろいろ誤解を招くような表現があって、それを誤解のないような表現に直そうとしてみたけど、うまくできなかったので消してしまった。

身体障害や精神障害の人のことを書くときは、非常に気を使うべきなんだと改めて思った。
軽々しく、「健康」という言葉も使えないとも思った。
何が「健康」で何が「障害」であるかは、人によって様々だから簡単に自分の主観を言う事はよくない。

文章って簡単に誤解を相手に伝えるし、そうなっているって自分でも気づかないから、こわい。