師匠の不思議な日常

天の語らい地の学び 香る神々との対話 天界、龍神界の物忌み(巫女)師匠こと天卜占と弟子で審神者(さにわ)である臣の日々

魂からの声 魂からの呼びかけ

2017年01月25日 | 神さま通信

カラダからの声に気がつくと、カラダからの声に
整えられる
カラダが発する声は自分と言う存在の取り扱いを教えてくれる
自分は実はどう取り扱われたかったか、に気づかされる
さまざまな価値観に彩られたものにいかに自分が魅了されていたか、
に気づく
価値観はそれはそれでいい
そう、認めることで自分の価値観の良さ、存在の許可を
自分自身にあたえることが
そこで初めてできる
認証して初めて自分の世界への扉を自自分自身と言うカギで
開けることができる
魂と言う本体 あなた自身あなたそのもの
原初なる自分は自分でもその存在に気づくことが難しい
生来あったもので、常にされはあるのだが、
あなた方は旅ー冒険を好む 求める
その結果、魂とは離れた世界へ旅立つことを許した
旅立ち、そうして帰ることを決めた
魂からの声は常にある
帰ることを決めた瞬間、瞬時にあなたは帰還できる
その存在もまた稀

 

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カラダの声 カラダからの呼びかけ

2017年01月25日 | 神さま通信

この世界にはあなたを導く指南書はあまたある
そのどれもがあなたを導き、時に励ましてきた
そうして、あなたは時にはそれと同じように思おうとし、
従おうとし、同じ行動をとった
けれども結果は違い、違う時を過ごした
そうして、そういう思考を繰り返すことで、あなたは磨かれ、
あなたを形成してきた
あなたはやがて気づく
あなたの中から聞こえてくる声に
気づく
あなたはそれに添う
それに導かれ始める
あなたのカラダから、あなたに呼びかけていたことに
気づく
そうして、あなたの本来のあなたに出会う

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快 不快 中庸 そして

2017年01月24日 | 天意の実践

感情に支配されると常に揺れ動いていることが当たり前になります。
そうして、続けていくことで揺れ幅は、さらに強く、深くなり、
自己制御が難しくなります。激しい情動が常に自分を支配するようになります。
そんな時に効果的なことは、体を動かすことです。
動かすことで体の意識の在り場を少し変えます。
ヨガや瞑想、マインドフルネスなども意識の置く場所をかえるのにとても有効です。
意識下の自分。深意識へアクセスをして中庸を体験し、それを日常へと変化させるのです。
快だけでない。不快だけでもない。日常に中庸体感を置きます。
中庸を置くことで、たとえふり幅の大きいことがあったとしても、
中庸体感と戻れるようになります。
中庸はそれを深めることができます。
深意識での中庸。ここから少しの揺らぎが生まれます。
この揺らぎは、快とも違います。
高揚感。それも穏やかに訪れます。
それは日常にこそあるのです。

あなたの日々が光に満ちたものでありますように
傍らにいつもいてくださる神さま方と共に
感謝  天ト占と臣

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通過点 通過儀礼

2017年01月24日 | 天意の実践

良いことがあり、良くないことがあり
そのことに一喜一憂して疲れている。
この良いこと、良くないことは生きていくうえでは
ままあることなのだ。
そして生きていれば一生続くもの。
けれども、実はその隙間がある。
良くもなく、良くないこともない。ニュートラル。中庸。
実際はこの『中庸』のポジショニングが、『今在る』感覚。
快、不快の振り子にブンブン振り回されているだけではないのだ。
ただ、この強い感覚に自分も強く反応して、そのことだけを
何度も追体験、追想しているから、その二つしかない
と思い込んでいるだけなのだ。
ベースは『中庸』。そこがあなたのもととなる場所。
憩えるところ。
この感覚を思い出せれば、起きた出来事もただの通過点に過ぎないことに
気がつけ、そう名付けられる。
あれは通過儀礼だったのだ
と。
   

あなたの日々が光に満ちたものでありますように
傍らにいつもいてくださる神さま方と共に
感謝  天ト占と臣

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ダメと思わない ダメを増やさない

2017年01月22日 | 神さま通信

これはダメだと思うことがあるだろう
なぜダメなのかではなく
ダメだと思う瞬間が大切なのだ
考え癖だと片付けることは簡単だ
だが、
ダメだと思うことであなたはダメだと思うことを
積み重ねている
ダメだと思う訓練を自分に課している
その結果、自己の判断もダメかダメでないかに
委ねている
選択と言う方法はある程度のレベルでは必要だが、
それを過ぎれば選択はなくなる
自分に集中しているから自分のものだけしか
目に入らなくなるからだ
取捨選択など必要ないのだ 

今は不寛容の時代だという人がいる。
ダメかダメでないかだけで判断を
『下している。』
いつからそんなになったのか。
誰かのことをダメだと言うのは実に簡単だ。
けれどもその『ダメだ。』を自分の世界にも持ち込まれ、
世界をジャッジさせる。
自分自身もダメかダメでないかの天秤にかけるようになる。
その結果、自分はダメだ。ダメじゃないに揺れ動く。
そうではない
それもあり、これもあるがこの世界なのだと知ることが
肝要なのだ
そうすればあなたは、はからない世界に生きられる
   
ありがとうございました。

あなたの日々が光に満ちたものでありますように
傍らにいつもいてくださる神さま方と共に
感謝 天ト占と臣

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