あも&サチアキの交換日記

どうやら交換日記が続いているようです(祝何年目?

アラフォーかー

2015-08-18 | from:sachiaki
私の父が「永遠の18才」ってよく言っていて、
おいおいふざけんじゃねーぞwwwって思っていたものですが、
いよいよアラフォーにさしかかり、あと3年で40才なのかーと
思えば遠くへ来たもんだって感じでいるけれど
心の成長はたしかに18才辺りから変わっている感じがなく、
これが「永遠の○才」と言う心理なのかしら?
なんてことを思ってみたsachiakiです。

外国では年齢ってあんまり意味がないらしく、
例え14才で起業してお金持ちになっても
「14才なのにすごいねー」とは言わないそうです。
逆に50才を過ぎてても美貌を保っていたり、新しいことにチャレンジしていたりしても
「50才過ぎてもすごいね」とも言わないみたい。
なんだか想像もつきませんね。

そんな話をなんでしたのかと言えば、
先日パーティー部の部長から久しぶりにメールが届きまして
40才って思ったら色々と人の目とか気になるようになって
もうアート関係の趣味はいっかなーってなっちゃった。

っていうものだったので、仰天してしまったわけなのです。
彼女はなんていうか、人と同じ世界に組しているようなタイプでなく
どこまでも世界が平行していて自分の世界に住んでいる人だと思っていただけに
年齢が40才に近付いたっていうだけで
急に世俗と交わり始めるのか!と驚いてしまったわけです。
35才くらいで突然結婚したのもあるのかもしれないけれど……。
月並みだけど、芸術、表現系の人は「生活」と「幸福」に埋もれると
とたんにダメになるのはなんでなんだろう……。
探せば「生活」もしていて「幸せ」な人生を送られた芸術家とかもいるんだろうけれど
なんかイメージがないなー。
葛飾北斎とかピカソも面白い人だし、幸せだったとは思うけれど「生活」していた匂いしないしなー。

私にはコレしかないのよ。

という気合いの違いなのかしらん。
なんにしても生活で疲れつつも、ほどほどの幸せを得た彼女は
年齢を境にして趣味でアート活動する気力を削ぎ取られてしまったみたいです。
そういう自分も色々とやりたいことはなくもないけれど、
この年でそれを若いこと混じってやるの?って自問自答すると
いやいや、もう後続に譲って自分は隠居して手助けする側でいいじゃないの
って気分になりますからなぁ。

なんにしても幸せなら良いことだってことで。
今度久しぶりに彼女を誘い出して、飲みにでも行ってみようかしらね。

そんなこんな。
いかにも残暑なけだるさを感じた午後でした。
あ、先日の「わーかーやーまー!!!」日記にパンダの写真をアップしておきました。
そんじゃーね。モイモイ☆
コメント
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