あも&サチアキの交換日記

どうやら交換日記が続いているようです(祝何年目?

自分には何もないなって思うことが多いけれど

2020-10-15 | from:sachiaki
だいたいそういう気分の落ち込みをする時は
寝不足かビタミン不足らしいです。
寝不足もビタミ不足も思い当たることがあり過ぎるので
グゥの音も出ないな…グゥ
なんてことを思っているsachiakiです。

そして今日説法で有名な大愚和尚さんの説話を聞いていて
自分ができていないのは振る舞いなんじゃないのか?
なんてことを思ったりしていたところです。

いわゆる「なりたい未来の像」に近い人を真似することによって
それっぽくなっていくってやつです。
今うまくいっていないことは論理の生合成が取れておらず、
自分の歩みたい道とは別の自分自身に縛りを作って
ぐるぐる回ってしまう論理に従って言動を起こしているのだそうです。

かのフロイト先生は精神分析としてそういったことを提唱されていたそうですが
私たちの世界(認知)は「言葉」で成り立っている。
だからうまくいかない時の世界は自分が取り込んでいる「言葉」の回路が
間違って組みあがっているわけだから
その間違っている回路を組み替えましょうってことなんですよね。
これって、自分が認知している世界=考え方が間違っているから
その考え方を改めましょうってことで、
かなり苦しい作業になるそうなんですね。

そりゃそうだ。

私が好きな言葉ことアインシュタインが言っていた
「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクション」
というだけあって、
相当に積み上げている偏見が私を作り上げている。

んで、私が最近悩んでいるというか
うまくいっていないことはなんだろう?
っていうと、
たぶん自分がどの方向に舵を切っているのか
全然わからないってことなんだと思います。

変な格好するのも好きだし、
せっかく出来上がった写真とかは最高!って思っているんだけど、
心の葛藤で
「承認欲求を満たすために「いいね」稼ぎしたいだけなんじゃないの?」って
ことや、この変な格好して写真に撮ってもらうには
かなりコストがかかるってことなんですよね。
ただの趣味と呼ぶには高級過ぎるってことなんですわ。

だからその高級な趣味を続けるために
消費した分を回収しよう、なんて浅はかなことを考えているから
半端なのだろうなって思ったりしているわけです。
楽しかったことを共有するためにTwitterやら
インスタグラムなどに写真を上げる人もいるけれど
格好つけな自分では嫌なことをリプライされたり
「イタイ」って思われたくないという弱さが滲み出ているわけです。
そのくせKindleとかに写真集にしてみよう
なんて考えているから矛盾しているんですよね。

ここで考えられることは
高級な趣味と割り切ってコストは考えず
別のことで稼いで自力で準備が整ってから活動するってことがまず一つ。
もう一つは、恥ずかしいとかイタイと言われるのが嫌だと言っていないで
これが好きな世界観です!とTwitterにも出してファンを作って
Fantiaなどで支えてもらいながら活動をすることです。

で、後者は私が求めている像とはかけ離れているので
前者を求めるわけになるわけですが
ここに自分の迷いがまだあるわけです。
しのごの言わずに働けば良いだけだけど
仕事が減ってしまったがために収入に不安があるということ。

ここについて、たぶん自分がちゃんとデザイナーとして振るまえていない
という矛盾があるのだと思います。
デザイナーらしい振る舞いってなんだろう?
知人のデザイナー(イラストレータ)さんは
とにかく毎日スケッチをして、そのスケッチをSNSに投稿していました。
その他のデザイナーさんも「○○さんのお仕事を受けました」
というような話を書き、結果報告などを上げているようです。
そうなるといかに名前を上げられる仕事を受けたかどうか
ということになるんだけど、
残念ながら上げられるようなお仕事は受けていないんですよね……。

ということは、名前が上げられるような仕事を取って来いってことなんだけど
営業ってことになるわけで、これが恐ろしく苦手なわけですわね。

ううぅ。

ということを積み上げて考えると
やっぱり1日1枚のスケッチは効果が高いなと思うものの
期待されているものとのズレも感じるしなーとかなんとか。
まぁそんなものも積み上げていくもので払拭されるので
グダグダ言っていないで描けって思いますw
なんかこの辺も前に書いたなぁw

とはいえ、おかげさまで描く方に関しては
多少溜まっているものもあって
ちょいちょい出しているので認知はされているみたいなので
あともう少しって感じなのかなーとかなんとか。

で、こうやって話をしていきつつも
心にわだかまっている写真を出すか否かの話については
たぶんもっと別のところに自分の引っ掛かりがあるんだろうな
なんてことも思っていたりします。

自分が見たくも知りたくもないこと。
なぜそこにひっかりがあるのか。
”女”として見られるのが嫌でしょうがないのに
”女”の部分をクローズさせてしまうようなことをなぜしてしまうのか。
この矛盾を解かなくてはイカンのかな、
なんてことを思ったりしています。

男の子っぽく振舞って来てきたのに
なぜか幼少時代より「色っぽい」だの
「なんとなく放っておけない」など言われるには
たぶんどっかにそういう媚びを持っているからなのと
それが私にとっての生存戦略だったのだろうってことと
だからこそ否定したいということがあるんだろうなと。
弱さを武器にするのだって立派な生存戦略ですけどね。
とはいえ、それは誰かに依存していかなくてはならない生き方なので
とても危ういものなんですよね。
それを知っているから自分の武器が認められないんだと思います。

そんな感じ。

強くならなくちゃという思いと、
弱さを認めろという思い。
そんなことが交錯しているんだろうな〜とかなんとか。

というわけで、自分がうまくいかないのは
自分には何もないからだという言葉に逃げ込もうとすることが多いけれど
実は自分が認めたくないだけで、持ってるものはあるよね
って話でした。

とはいえ、媚びを全力で伸ばすっていうのも
やっぱどうかしてると思うんだよなー。
やれやれ。
また1に戻るですわ。

とりあえず寝てきます。
そんじゃまた!モイ
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若い子というかアイデアがある子はすごいなぁ

2020-10-15 | from:sachiaki
今日はちょっとした、いや、大きな嬉しいことがありました。
僕は(あえて今日は「僕」でいきます。その方が素に近いから)
あまり表立って「なにか」を表明したりするのが得意ではありません。
それは例えば世間的に良きことだったりしても
それをあえて書いて報告をしたりしません。
まぁ大きすぎることだったり、
これは良いなってことなどは日記には書いたりするけどね。
でも大々的に喧伝するってことはしないって感じ。

てなことを顔本の方には書いのに、
日記を更新しそびれていたのでコピペ。
1日1更新ぐらいはちゃんとしたいと思っているsachiakiです。
それでも時折抜けてますけどね……。

それはさておいて。

「鬼と女は人に見えぬぞよき(虫愛づる姫君ーより)」
であり、秘めるが花。
というのが僕の美徳だからであって、
基本的にいつもなにかを秘めていたい癖があります。

そんなですが、先日とある新進気鋭の若いアーティストが
お誕生日に「欲しいものリスト」を公開していた時、
この作家の未来が素晴らしいものとなるように
そして「誕生日を祝うことに違和感がある」という彼にとって
少しでもそうではない何かを感じ取ってもらえたら……
なんていう、ただの身勝手で絵本をお送りしてみました。
僕も子供の頃に散々読み聞かせをねだり
読めるようになってからもなんども読み返したし、
「ものつくりが好き」な人なら
この絵本の世界にドップリであったことは間違いないだろうと、
そして心が疲弊した時もこの絵本を読んで
また創作の力が蘇ったら良いなと
そんな祈りをこめてみたものです。

そして送られた側の心の枷にならないように
匿名度が高いものにしておこうとしたんです。
応援の気持ちは嬉しいけれど、
特定の誰かの気持ちは重いっていうのもあると思うので。
(なにせ注目度が高く、大変有望な人なので
たくさんの方からの贈り物や感想が送られているのに
ただ「応援している」というような気持ちは
躍進のための翼を重くしてしまうように思ったのです)
そしたら匿名度が高いことが仇になってしまったようで
わざわざこちらのことを探してくださり、
送り状にあった住所を頼りに返礼の品を持って来てくれていたようなのです。
それは彼が最近手がけている新しいドリンクで「心臓コーラ」でありました。

原材料を見てみたら「奄美大島産キビ砂糖」とあり
それは僕のルーツでもあって、ものすごくビックリしてしまいました。
東京生まれ、東京育ちだけど
僕を生み出した片方の遺伝子は奄美原産ですから。
そんなわけで色々と手間をかけてしまった罪滅ぼしと
それよりもなによりも、優しくて美味しい「心臓コーラ」を宣伝すべく
彼のページをリンクしておきます。
心臓コーラの開発者こと新造真人さん。
彼は今の日本芸術会にとって、いやそれだけじゃなく社会にとって
ものすごく大きな一翼を担う方だと(勝手に)期待しています。
インスタグラムにお店を公開されていたので
そちらのページをリンクしておきます。
心臓コーラ

自分のことだけじゃなく、人々を社会を世界を愛して
そこへ貢献していくことを厭わない人は輝いて見えます。
初めてお会いした時はとある知人のイベントで
早稲田にあるイベントスペース・茶箱の小さい空間の中、
面白い若者がいるなぁってぐらいだったのに
「男子三日会わざれば刮目して見よ」だなぁと恐れ入りました。

本当にすごい人です。
芸術家ってこういうことも器用にやっていく時代なのだなと
目を見開いてしまう思いです。

ぜひインスタだけでなく、彼のnoteなども見てみてください。
私が「すごい」としか紡げないほど圧倒されてしまう片鱗が見えると思いますので。

モイモイ
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