考えていることは色々あって
これを日記で書こうって思うことが
それなりにあるのにメモとかしてないから
いざ日記のエディタ開いた時には
すっかり内容を忘れているsachiakiです。
あー、一個思い出した。
フェミニズムなんてない!みたいな話を書いてる人がいて、
そりゃいくらなんでもあんまりだって思ったので
その話を書こうって思ってたのでした。
有史以来、さまざまな差別があって
それを一つずつ解放してきた歴史があって
その解放運動の一つに女性差別は確実にあり、
それをなかったことにするってことはできないんですわ。
男女雇用機会均等法だって1972年に成立してるぐらいなので
そこを軸に考えてもさもありなんって思うでしょ。
いまだに女性が勉強をすることを好まない人までいるし。
私個人の経験でいえば、
今思い出しても腸が煮えくり返るやつが一個あって、
湘南をサイクリングしていた時に
疲れていてうまく走れなかった時に
一台のバイクが後ろから近づいてきてたので
手で先に行ってくれってハンドサインをしたんですけれど、
それがいわゆる煽り行為っていうのに似てたらしくて
そのバイクに乗ってたカップルの男性側が
先行していた私のダンナ氏ことパンダ氏に
「連れくらい、しっかり教育しとけ」って
言い放ったんですよね。
ほんと、今思い出してもムカつくし情けないし、
たぶん一生忘れないと思う。
私とダンナ氏は対等な関係を作っていると思っているので
どちらかが相手を”教育する”なんていう
上からの関係性なんて築いていないんです。
これは女性側から出てくる「旦那様を教育しましょう」
っていうのにもナニソレって思うものの一つだけど、
それはそれとして、「男は女に教育してやるものだ」という
暗黙のなにかっていうのは私よりも若い世代にさえ
浸透していて抜け切れていないんだって
軽く絶望したものです。
現在SNSをめぐるネットでのフェミニズムについては
たしかにそれはフェミニズムの思想ではないっていうものも多く
それにイライラさせられたり面食らったりもします。
都合よく解釈しているせいで
中世のような女性観になってしまっている
悲しい女性たちも見受けらるし。
私としては黒人解放、女性解放と進んできた歴史の上で
地球上にいる生物がいかによく生きられるか
そのための平等や公平はどうあるべきか
そういったことを議論するターンにあると思っているのに
先に進むどころか2歩下がるって感じの現代に
ぐぬぬぬって歯軋りしてしまうわけです。
物事というものは3歩進んで2歩下がるだから
仕方のないことなのかもしれませんが……。
権力を持っている人たちにとって
その人たち個人のために社会が動くなんていうのは
良いことではないはずで、
もぎ取ってきた人権を再度守るためにも
ちゃんとなぜ人権は守られなくてはならないのか
そういったことを考えた方がいいと思います。
と、やかましいわっていうような話を書いてしまったので
そろそろ終わろうと思います。
それではまた。モイモイ