元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「彼女が消えた浜辺」

2009-10-02 06:26:40 | 映画の感想(か行)

 (英題:About Elly )アジアフォーカス福岡国際映画祭2009出品作品(映画祭でのタイトルは「アバウト・エリ」)。硬質な魅力を持つ、心理サスペンス劇の秀作だ。親戚・友人連れだって、テヘランからカスピ海沿岸での小旅行に出掛けた一行。主宰者の女性は娘が通う保育園の先生エリを誘っていた。実は、ドイツでの不幸な結婚にけりを付けてイランに戻ってきたアハマドとエリとを引き合わせるという目論見もあったのだ。

 しかし、泊まる予定だった別荘が借りられなくなったのがケチの付き始め。海辺のあばら屋に押し込まれた一行はストレスが溜まるばかり。二日目には子供が溺れかけ、挙げ句の果てにエリが行方不明になる。前の日から早めに帰宅したいと皆に告げていた彼女は勝手に家に戻ったのか、あるいは子供を助けようとして海に入ったのか・・・・彼らは真相を探ろうとするが、意外な事実が次から次に出てくる。

 エリに旅行を持ちかけた幹事役の女性は、実は彼女のフルネームさえ知らない。エリが置いていった携帯電話の着信履歴を頼りに、彼女の身内だと思われる者の番号にかけてみると、母親は旅行のことを知らず、兄と名乗る男性は本当の肉親ではないようだ。謎が謎を呼び、彼らはそこから動けなくなる。

 何気ない日常の中に、ポッカリと口を開けている人間関係の断層。普段は誰しもそれを無意識的にやり過ごしているが、イレギュラーな事態が発生すると関係者を全て呑み込んでしまうほど、それは深くて暗い。もちろん、こういう“人間、パニック時には本性が出るものだ”という構図の映画は過去にたくさん作られてきた。しかしこの映画の鋭いところは、その“本性”の実相に厳しく迫っている点だ。

 誰しも“本性というのは徹頭徹尾ネガティヴな視点で描かれるのだろう”と思う。ところが、ここでは必ずしもマイナスのベクトルが働いているわけではない。それどころか、好意や気配りに準拠したポジティヴなスタンスから“本性”が形成されることも多いのだ。ところが、立脚点はどうであれ普段表面には出てこない“本性”というものは、心の奥底に隠されているという意味で“独善”とイコールなのである。後半、各人が抱いている“独善”が止め処なく出てきて収拾がつかなくなる有様は、一種壮観だ。

 本作でベルリン国際映画祭の監督賞を獲得したアスガー・ファルハディの演出は洗練の極みである。一点の狂いもなくプロットを積み上げて行く精緻な技巧には、感嘆せざるを得ない。作品全体にもヨーロッパ映画のような清涼な雰囲気が漂う。キャストの演技も万全で、特に女優陣は美人揃い(笑)。間違いなく本映画祭の収穫の一つだ。

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