終戦から63年目の日。金沢は、朝から時おり雷が鳴り、雨が降ったりやんだりし蒸し暑い。63年前の今日の天気はどうだったのか、当時、2歳だった私には記憶にない。ましてや、国民がどんな思いで敗戦を迎えたか知る由もない。
戦争体験者が年々減少し、風化することを危惧する声が聞こえる一方で、戦争を知らない世代が中心になって新たな世界観を構築すべきだとの意見がある。是非は別として、対中・対韓関係における「戦略的互恵関係」なる難解な言葉は、過去の不幸な関係を乗り越えて行くための政治的解決手法なのかも知れない。
しかし、体制や組織としての関係と個人的な関係は全く別次元で作用していることも無視出来ない。数年前、釜山と慶州を訪ねたとき、現地ガイドが話してくれた言葉が忘れられない。「私は、戦争を知らない。日本文化が好きで、日本語を勉強しようとしたら、親に叱られた。内緒で日本語の本を読んているのを見たお年寄りから嫌味を言われたこともある。」と。
私の年代で戦争の記憶がないのだから、戦争があったことすら知らない若者がいても不思議ではない。戦争経験のない世代にとっては、メディアや教育を通じて概念を学ぶ以外にないだけに、政府が真剣に取り組むべき課題だ。福田首相が靖国参拝をしないので、対外的に靖国問題は沈静化したと解説する評論家がいるが、過去に目を閉じれば、未来が見える筈もなく、実に愚かしく苦々しい思いだ。