「ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー傑作選2024」の中の1本。1975年に西独で公開され、わが国では翌年に公開されたこの映画の邦題「自由の代償」が今回「自由の暴力」と改題されて再公開されました。少なくともファスビンダーを知る者の間ではすっかり定着していた題名をわざわざ変更する必要があるのかよくわかりません。因みに原題を直訳すると「自由の権利」であり、英語題名を調べると「フォックスとその友人たち」です。
第二次世界大戦下にゲッペルスによって完全に統制されたドイツ映画界はフリッツ・ラング、ヴィルヘルム・ディターレ、ロベルト・ジオドマク(シオドマク)や若き日のビリー・ヴィルダー(ワイルダ-)、オットー・プレミンガー(プレミンジャー)など多くの逸材を国外に流出させ、戦後の衰退ぶりは目を被うばかりでした。同じ枢軸国でもイタリアや日本の映画が戦後すぐに世界を席巻したのと対照的でした。戦後25年を経て70年代にさっそうと現れたのがファスビンダーを代表とする西独の若き旗手たちで、ニュー・ジャーマン・シネマの幕開けでした。
1982年に37歳という若さで急死したファスビンダーはなんと44本もの作品を精力的に発表していて、完全燃焼のうちに燃え尽きたのかもしれません。
ぼくは公開時に見逃していて長らく見たいと切望していた作品なので期待に胸膨らませて見た結果、想像に余りある秀作でした。
フォックスという芸名で見世物小屋の怪しげな生首男を演じる青年フランツをファスビンダー自身が喜々として演じます。下層階級に育ったこの男は姉の家に居候しているのですが、宝くじで大金を当てて意気揚々です。フランツが家の前で大型車に乗るちょっとイカした中年男に誘惑されてついていく先が豪邸です。そこでは同じ性的指向をもつ男たちが蟠踞している。かくして、フランツの運命はただならぬ方向に進んでゆくのです。このイカした中年男を演じるのはカラヤンと並ぶ名指揮者カール・ベームのせがれです。若い頃はけっこうな美男子でしたが、その名残を感じさせます。
教養と品位をまとった男たちは無教養で品性に乏しいフランツを最初は見下している。かれらが総じて美男子だから、どちらかというと不細工なフランツは分が悪い。なぜ若いイケメンたちが醜男に群がるのか。それは、フランツが大金をもっているからです。
かれのボーイフレンドとなる製本会社の社長の御曹司などテーブルマナーのひとつひとつをうるさく注意するものだからフランツも食べている気がしない。「太陽がいっぱい」の中で、金持ちのお坊ちゃんフィリップが貧しい青年トム(アラン・ドロン)の魚料理を食べるナイフの持ち方が違うと注意する場面を思い出しました。あるいはまた「暗黒街の女」という映画ではロバート・テイラー扮する孤児から弁護士に登りつめた男が顧問を務める暴力団のボスに食事を誘われて「あんたとは食事をしたくない。食べ方が下品だから」というし、「荒野にて」ではスチーヴ・ブシェミ扮する厩舎経営者が孤児の若者を雇って食事に誘いますが若者のガツガツ食べる姿を見て「二度と俺の前でそういう食い方をするな」と叱る場面があります。食べ方が育ちや品性にあらわれると見るのでしょう。日本映画ではあまりお目にかからない描写です。
特殊な性行をもつ男たちの世界を舞台に階級問題を痛烈に描いて見せたファスビンダーという異能の天才監督に改めて拍手を送りたいと思います。(健)
原題:Faustrecht der Freiheit
監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
脚本:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、クリスチャン・ホホフ
撮影:ミヒャエル・バルハウス
出演:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、ペイター・カテル、カール・ハインツ・ベーム、アドリアン・ホーフェン、クリスティアーネ・マイバッハ
第二次世界大戦下にゲッペルスによって完全に統制されたドイツ映画界はフリッツ・ラング、ヴィルヘルム・ディターレ、ロベルト・ジオドマク(シオドマク)や若き日のビリー・ヴィルダー(ワイルダ-)、オットー・プレミンガー(プレミンジャー)など多くの逸材を国外に流出させ、戦後の衰退ぶりは目を被うばかりでした。同じ枢軸国でもイタリアや日本の映画が戦後すぐに世界を席巻したのと対照的でした。戦後25年を経て70年代にさっそうと現れたのがファスビンダーを代表とする西独の若き旗手たちで、ニュー・ジャーマン・シネマの幕開けでした。
1982年に37歳という若さで急死したファスビンダーはなんと44本もの作品を精力的に発表していて、完全燃焼のうちに燃え尽きたのかもしれません。
ぼくは公開時に見逃していて長らく見たいと切望していた作品なので期待に胸膨らませて見た結果、想像に余りある秀作でした。
フォックスという芸名で見世物小屋の怪しげな生首男を演じる青年フランツをファスビンダー自身が喜々として演じます。下層階級に育ったこの男は姉の家に居候しているのですが、宝くじで大金を当てて意気揚々です。フランツが家の前で大型車に乗るちょっとイカした中年男に誘惑されてついていく先が豪邸です。そこでは同じ性的指向をもつ男たちが蟠踞している。かくして、フランツの運命はただならぬ方向に進んでゆくのです。このイカした中年男を演じるのはカラヤンと並ぶ名指揮者カール・ベームのせがれです。若い頃はけっこうな美男子でしたが、その名残を感じさせます。
教養と品位をまとった男たちは無教養で品性に乏しいフランツを最初は見下している。かれらが総じて美男子だから、どちらかというと不細工なフランツは分が悪い。なぜ若いイケメンたちが醜男に群がるのか。それは、フランツが大金をもっているからです。
かれのボーイフレンドとなる製本会社の社長の御曹司などテーブルマナーのひとつひとつをうるさく注意するものだからフランツも食べている気がしない。「太陽がいっぱい」の中で、金持ちのお坊ちゃんフィリップが貧しい青年トム(アラン・ドロン)の魚料理を食べるナイフの持ち方が違うと注意する場面を思い出しました。あるいはまた「暗黒街の女」という映画ではロバート・テイラー扮する孤児から弁護士に登りつめた男が顧問を務める暴力団のボスに食事を誘われて「あんたとは食事をしたくない。食べ方が下品だから」というし、「荒野にて」ではスチーヴ・ブシェミ扮する厩舎経営者が孤児の若者を雇って食事に誘いますが若者のガツガツ食べる姿を見て「二度と俺の前でそういう食い方をするな」と叱る場面があります。食べ方が育ちや品性にあらわれると見るのでしょう。日本映画ではあまりお目にかからない描写です。
特殊な性行をもつ男たちの世界を舞台に階級問題を痛烈に描いて見せたファスビンダーという異能の天才監督に改めて拍手を送りたいと思います。(健)
原題:Faustrecht der Freiheit
監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
脚本:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、クリスチャン・ホホフ
撮影:ミヒャエル・バルハウス
出演:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、ペイター・カテル、カール・ハインツ・ベーム、アドリアン・ホーフェン、クリスティアーネ・マイバッハ