シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

2024年度ベストテン発表

2025年01月15日 | BEST


今年も恒例の2024年ベストテンの発表です。ベストテンというものは選出された作品の良否より選者の人となりを赤裸々に暴いてしまうという側面があって、みごとにそれが現れた堂々のベストテンとなりました。そういうことをちょっと自負して、みなさんの今後鑑賞の参考ににしていただければ幸いです。
ベストテン選定にあたっての基準等は以下のとおり。(健)
1.対象は原則として2024年1月から12月にかけて関西で劇場公開された新作映画(本邦初公開を含む)とし、劇映画に限らずドキュメンタリ、アニメーションを問わない。
2.当該ブログ・メンバー7人にそれぞれベスト作品10本(10本に満たない場合は10本以内)を選んでもらった。
3.作品名のうしろにかっこ書きで監督名を添えた。外国映画の場合はそれに加えて製作国を入れた。製作国はIMDBに従ったが、近年出資者が多国籍に渡る例が多く、多数の場合は一部省いた。

【久】
◆日本映画
1位「夜明けのすべて」(三宅唱)
2位「お母さんが一緒」(橋口亮輔)
3位「ぼくが生きている、ふたつの世界」(呉美保)
4位「愛に乱暴」(森ガキ侑大)
◆外国映画
1位「落下の解剖学」(ジュスティーヌ・トリエ/フランス)
2位「枯れ葉」(アキ・カウリスマキ/フィンランド、ドイツ)
3位「ミツバチと私」(エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン/スペイン)
4位「関心領域」(ジョナサン・グレイザー/アメリカ、イギリス、ポーランド)
5位「オッペンハイマー」(クリストファー・ノーラン/アメリカ)
6位「夜の外側 イタリアを震撼させた55日間」(マルコ・ベロッキオ/イタリア)
7位「花嫁はどこへ?」(キラン・ラオ/インド)
8位「ビニールハウス」(イ・ソルヒ/韓国)
9位「ぼくとパパ、約束の週末」(マルク・ローテムント/ドイツ)
10位「西湖畔に生きる」(グー・シャオガン/中国)

【HIRO】
◆日本映画
1位「碁盤斬り」(白石和彌)
2位「PERFECT DAYS 」(ヴィム・ヴェンダース)
3位「悪は存在しない 」(濱口竜介)
4位「正体」(藤井道人)
5位「侍タイムスリッパー」(安田淳一)
6位「Cloud クラウド」(黒沢清)
7位「恋するピアニスト」(宮川麻里奈)
8位「カラオケ行こ!」(山下敦弘)
9位「夜明けのすべて」
10位「カラフルな魔女」(小松荘一良)
◆外国映画
1位「オッペンハイマー」
2位「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」(アレクサンダー・ペイン/アメリカ)
3位「枯れ葉」
4位「哀れなるものたち」(ヨルゴス・ランティモス/イギリス、アメリカ、アイルランド)
5位「落下の解剖学」
6位「ビニールハウス」
7位「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」(グレッグ・バーランティ/アメリカ)
8位「インサイド・ヘッド2」(ケルシー・マン/アメリカ)
9位「ウィッシュ」(クリス・バック、ファウン・ヴィーソーンソーン/アメリカ)
10位「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」(トッド・フィリップス/アメリカ)

【kenya】
◆日本映画
1位「アイミタガイ」(草野翔吾)
2位「ぼくのお日さま」(奥山大史)
3位「青春18×2 君へと続く道」(藤井道人)
4位「身代わり忠臣蔵」(河合勇人)
5位「碁盤斬り」
6位「劇場版 おいしい給食 Road to イカメシ」(綾部真弥)
7位「四月になれば彼女は」(山田智和)
8位「正体」
9位「スオミの話をしよう」(三谷幸喜)
10位「スマホを落としただけなのに 最終章 ファイナルハッキングゲーム」(中田秀夫)
◆外国映画
1位「パスト ライブス/再会」(セリーヌ・ソン/アメリカ、韓国)
2位「枯れ葉」
3位「関心領域」
4位「シビル・ウォー アメリカ最後の日」(アレックス・ガーランド/アメリカ)
5位「ヒットマン」(リチャード・リンクレーター/アメリカ)
6位「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」
7位「本日公休」(フー・ティエンユー/台湾)
8位「オッペンハイマー」
9位「12日の殺人」(ドミニク・モル/フランス)
10位「コンクリート・ユートピア」(オム・テファ/韓国)

【アロママ】
◆日本映画
1位「52ヘルツのクジラたち」(成島出)
2位「アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師たち」(上田慎一郎)
3位「夜明けのすべて」
4位「侍タイムスリッパ―」
5位「ラストマイル」(塚原あゆ子)
6位「アイミタガイ」
7位「碁盤斬り」
8位「ぼくのお日さま」
9位「あんのこと」(入江悠)
10 位「朽ちないサクラ」(原廣利)
◆外国映画
1位「落下の解剖学」
2位「関心領域」
3位「オッペンハイマー」
4位「メイ・ディセンバー ゆれる真実」(トッド・ヘインズ/アメリカ)
5位「ブルックリンでオペラを」(レベッカ・ミラー/アメリカ)

【KOICHI】
◆日本映画
1位「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」(井上淳一)
2位「本心」(石井裕也)
3位「猫と私と、もう一人のネコ」(祝大輔)
4位「ラストマイル」
◆外国映画
1位「時々、私は考える」(レイチェル・ランバード/アメリカ)
2位「枯れ葉」
3位「オッペンハイマー」
4位「シビル・ウォー アメリカ最後の日」
5位「Shirely シャーリー」(ジョゼフィン・デッカー/アメリカ)

【春雷】
◆日本映画
1位「夜明けのすべて」
2位「カラオケ行こ!」
3位「ブルーピリオド」(萩原健太郎)
4位「ぼくのお日さま」
5位「悪は存在しない」
6位「侍タイムスリッパー」
7位「正体」
8位「最後の乗客」(堀江貴)
9位「ペナルティループ」(荒木伸二)
10位「辰巳」(小路紘史)
◆外国映画
1位「動物界」(トマ・カイエ/フランス)
2位「人間の境界」(アグニエシュカ・ホランド/ポーランド、フランスほか)
3位「シビル・ウォー アメリカ最後の日」
4位「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」
5位「落下の解剖学」
6位「哀れなるものたち」
7位「瞳をとじて」(ビクトル・エリセ/スペイン)
8位「ビニールハウス」
9位「ヒット・マン」
10位「ドッグマン」(リュック・ベッソン/フランス)

【健】
◆日本映画
1位「Cloud クラウド」
2位「ぼくのお日さま」
3位「悪は存在しない」
4位「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」
5位「正体」
6位「カラオケ行こ!」
7位「HAPPYEND」(空音央)
8位「朽ちないサクラ」
9位「お母さんが一緒」
10位「アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師たち」
◆外国映画
1位「オッペンハイマー」
2位「夜の外側 イタリアを震撼させた55日間」
3位「ソウルの春」(キム・ソンス/韓国)
4位「美しき仕事」(クレール・ドゥニ/フランス)
5位「無名」(チェン・アー/中国)
6位「関心領域」
7位「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」
8位「憐れみの3章」(ヨルゴス・ランティモス/イギリス、アイルランド)
9位「落下の解剖学」
10位「ありふれた教室」(イルケル・チャタク/ドイツ)

「天国と地獄」(1963年 日本映画)

2025年01月08日 | 映画の感想・批評
 この映画の製作が発表されたとき、世界のクロサワがなぜアメリカの三文探偵小説を映画化するのかと世間は眉をひそめました。
 そもそも黒澤明はテーマ主義を宗とする日本の映画界では溝口健二、小津安二郎、今井正に比べて分が悪く、たかが娯楽映画の名匠と見くびられていました。
 「天国と地獄」の原作はエド・マクベインのベストセラー「87分署」シリーズの一編「キングの身の代金」です。ニューヨークの87分署に所属する刑事スチーブ・キャレラを主人公とする警察小説で、わが国でも愛読されました。興味のあるかたはハヤカワ・ミステリ文庫から新訳が出たところですので、ぜひお読みください。そのおもしろさは保証します。映画とはまた違った趣向があります。
 さて、黒澤作品ですが、ぼくが高校1年のころ、地元の芸術祭の特別出し物として県立会館で上映されたときに初めて鑑賞しました。同級生何人かと見たのですが、いずれも度肝を抜かれ、翌日の休み時間の話題は身の代金を特急列車の窓の隙間から落とすというアイデアでした(原作にはありません)。
 今回、見直して見てもそのおもしろさは群を抜きます。
 見習い工からたたき上げで大手製靴会社の重役に登り詰めた男(権藤=三船敏郎)が会社の経営方針を巡って主導権を握るため多数株を取得する工作をするのですが、その矢先に起きるのが誘拐事件です。しかも、誘拐犯は権藤の息子と運転手の息子を取り違えて誘拐するというヘマを犯す。しかし、いまさらどうすることもできないので、そのまま突っ走って権藤に身の代金を要求するのです。権藤からすれば人違いで誘拐されたひとの子のためになぜ身の代金を払わねばならないのか合点がいかない。第一、かれは株を買い占めるために多額の資金を準備したところだから、みすみすそれを他人のために使えないという足枷が嵌められているのです。
 権藤邸にさっそうと現れるのが仲代達矢扮する警部と三人の刑事です。あまりにもスマート過ぎる仲代のキャラクターにリアル感がないと、当時批評家の間で酷評されるのですが、テーマ主義とリアリズム志向がこの国の映画ジャーナリズムの主流であるのはいまも変わりません。日本映画に登場する刑事は概してよれよれのコートにぼさぼさ頭がトレードマークで、それをリアリズムと勘違いしている(コロンボと同じスタイルですが、向こうはリアリズムのつもりではなくユーモアのセンスです)。
 序盤は権藤邸のリビングが主な舞台で、そこに集まった権藤の家族ら関係者と警察が犯人からの電話を待ち、事件の対応を協議する場面が続きます。下手をすればテレビドラマ的というか演劇的になる絵面ですが、黒澤は卓越した演出でさばきます。10人内外の登場人物が限定された空間の中で突然立ち上がったり部屋を横切ったり、あるいはそれぞれが表情を変えたりとさまざまな動きをする。固定ショットながら見る者を飽きさせない工夫をしているのが見どころです。それが後半あたりからセミドキュメンタリ・タッチに変わるのもおもしろい。
 結局、権藤は曲折の末に身の代金の支払いに応じます。その受け渡しがさきほど紹介した特急列車の窓の隙間でした。7㎝幅の鞄に現金を詰めて特急こだまの窓から放り投げろというのが犯人の指示ですが、特急の窓はそもそも開かない。ところが、実は洗面所の窓は開くように設計されていて、その隙間が7㎝だというのには参りました。もうひとつの原作にないアイデアは身の代金の入った鞄の裏地に二種類のカプセルを仕込むというもの。ひとつは水に溶けると悪臭を放ち、ひとつは燃やすとピンクの煙りが出る。犯人が鞄を焼却炉に持ち込んで処分するや煙突からピンクの煙り(映画はモノクロですが煙りだけ着色)が立ち上がる場面は公開当時話題になりました。
 ほかにも印象に残る場面があって、脅迫電話の録音を繰り返し聞いている若い刑事(木村功)が背後の電車の音に気づき、いろいろ調べてそれが江ノ電だ突きとめる。駅員に扮する沢村いき雄が何とも達者な演技で江ノ電がカーブを曲がるときの音を再現するところがたまらなくおかしかった。
 ただ、この映画の終盤は調子ががらりと変わってしまう。おそらく黒澤の製作意図はタイトルのいう階級格差であって、その材料に誘拐ミステリを利用したということでしょう。ミステリ・ファンからすれば真相が解明されればそれでいいというものですから、ラストの権藤と犯人の対峙は蛇足にしか見えない。そこが難点といえばいえます。
 水上勉の通俗的な犯罪小説「飢餓海峡」をみごとな人間ドラマに昇華した内田吐夢と黒澤は本質的に違う映画作家です。よけいな社会批判など捨ててしまって単なる娯楽映画に徹してほしかったと、黒澤ファンであるぼくは、つい思ってしまうのです。(健)

監督・脚色:黒澤明
原作:エド・マクベイン
脚色:小国英雄、菊島隆三、久板栄二郎
撮影:中井朝一、斎藤孝雄
出演:三船敏郎、仲代達矢、香川京子、三橋達也、山崎努

「本心」 ( 2024年 日本映画 )

2025年01月01日 | 映画の感想・批評
 石川朔也(池松壮亮)は仕事中に母の秋子(田中裕子)から「今夜、ちょっと話がしたい」との電話を受ける。用事をすませて帰宅を急ぐと、豪雨で氾濫する川べりに母が立っていた。目を離した隙に母の姿は消え、朔也は助けようとして川に飛び込むが、自身が溺れて昏睡状態に陥ってしまう。一年後に病院のベッドで目を覚ました朔也は、見知らぬ男に秋子は“自由死”を選択して自死したと告げられた。朔也は仮想空間上に死んだ人間を再現する「VF(ヴァーチャル・フィギュア)」という技術があることを知り、母の本心を知るべく開発者の野崎(妻夫木聡)に母をVFとして蘇らせるように依頼するのだが・・・
 原作は平野啓一郎の同名小説で近未来社会が舞台となっている。そこではある人物の会話や手紙、日記、SNS等のデータをAIに学習させ、ヴァーチャルなクローン人間を作る技術が開発されていた。野崎は秋子に関するできるだけ多くの情報を集めるように朔也に指示し、朔也は母の親友であった彩花(三吉彩花)に接触して自分の知らない母の姿を探ろうとする。彩花は朔也が高校時代に好きだった同級生の由紀に容姿が似ており、苛酷な環境で育ちセックスワーカーをしていたことも共通していた。朔也は怒ると自制が効かなくなるところがあり、由紀を侮辱した教師に暴行を加えて高校を退学した黒歴史があった。台風の被害により避難所生活を余儀なくされていた彩花のため、朔也は自分の家の一室を提供する。やがて朔也は彩花を愛するようになるが、そこにイフィー(仲野太賀)というライバルが現れる。退院後の朔也は友人の紹介で「リアル・アバター」の職についていた。リアル・アバターとは依頼主のアバター<分身>として行動する近未来の業務のことで、朔也は苛酷で非情なリアル・アバターの仕事に翻弄され自分を見失いかけていた。
 彩花と朔也の恋愛やリアル・アバターという仕事の非人間性など映画の内容は盛り沢山だが、肝心の母の本心がよくわからないままだ。母は何を苦しんでいたのか、どんな秘密をもっていたのか、何故自死したのか、本心を知るためにAI技術によって母を再生したにも関わらず、母と息子の心理ドラマが掘り下げられていない。母・秋子は同性愛者であり精子提供によって朔也を産んだという秘密は明かされるが、それが自死する原因とは思われない。母の自死という大きな謎を提示していながら、その答が見えてこず、最終的に肩透かしを食ったような印象が残る。
 VFとして蘇った母は朔也と同居するうちに、朔也の望む母の姿に近づいていき、母の語る本心は朔也に都合のいいものになってしまっている感がある。母の死は自殺ではなく事故死であり、息子に言いたかったことは産んでよかったということと愛しているということ。これが最後に明かされる母の本心らしいが、本当にそうなのだろうか。VFの母は本当に母の気持ちを再現できているのか。会話や手紙、日記、SNSのデータだけで、果たして人間の心がわかるものなのか。本心とはむしろ言葉や文字で表現されていないものではないのか。そもそも人は自分の本心がわかっているのか・・・「本心」というタイトルを付けたのなら、もっと本心とは何かという問いかけが欲しかった。ラストシーンは朔也と彩花の恋愛が成就することを示唆していて、ハッピーエンドのような形になっている。苛酷な過去をもつ二人が結ばれるのは微笑ましいが、母の心に迫り切れなかったのは残念だ。(KOICHI)

監督:石井裕也
脚本:石井裕也
撮影:江崎朋生
出演:池松壮亮 田中裕子 三吉彩花 妻夫木聡 仲野太賀

「太陽と桃の歌」(2022年 スペイン・イタリア映画)

2024年12月25日 | 映画の感想・批評
 スペインで3世代に渡って桃農園を営んでいる家族の物語。ある時、突然、地主から夏の終わりに土地を明け渡すようにとの連絡を受ける。その土地を使用してソーラーパネルの事業を始めるというのである。驚く家族だが、農園を始めた当初、土地を使用するにあたっては、口頭での話のみで、“契約書”は存在しない。それに対抗すべく方法策も見出せず、時間だけが過ぎていく。オロオロする祖父。イライラする2代目父親。心配する家族。無邪気に遊ぶ子供達。と言いつつも、それぞれの方法で、桃園を取り戻そうとするが、嚙み合わず、纏まらなく、そのまま、明け渡しの日が近づく。果たして、どうなることやら。。。
 第72回ベルリン国際映画祭金熊賞(最高賞)受賞。全体的に抑揚が少なく、接写が多く、ドキュメンタリー風の映像。演者はプロの俳優ではなく、地元の人々を起用したとのこと。確かに、その土地、その仕草に足は付いている感じはする。なので、ドキュメンタリーと感じたのか。その狙いは、ドンピシャだが、商業映画として、もう少し抑揚がほしいところである。ただ、人間の日常は、毎日抑揚がある訳ではなく、淡々と過ぎていくもの。3世代の大家族のやりとりが、淡々と綴られていく静かな作品。父親は常にイライラしている。明け渡しの日が近づくが、何も対策が打てない自分への苛立ちと、この仕事しか知らず、新しい仕事への恐怖があると思う。その気持ちは分かるような気がした。ラストシーンは、明るく前向きになりたいものだが、本作は、その逆で、暗い気持ちになった。この先、この大家族はどうしていくのか。全員が不安な目をしてカメラを見つめて(その先にはショベルカーでの伐採が進む農園)いるので、こちらまで気持ちが沈んでしまった。近代化の波が押し寄せる地方農園の現実と捉えると、よくあるケースなのか。
 大家族のエピソードの中で、息子が一晩遊び惚けて明朝帰ってきた時の、母親の行動には愛情を感じた。演出ではなく、俳優の地の演技のように感じた。父親から子供への叱責対応を諫める一撃も頼もしい。一瞬のシーンだが、見応えがあった。
 映画は、言葉の説明は極力避けるというのが定石かと思うが、創作でも良いが説明や抑揚があった方が、商業的にもヒットするかもと思った。ただ、ベルリン国際映画祭は、社会派が取り上げられる傾向があるとのこと。選出されるタイプの作品かもしれない。
(kenya)

原題:Alcarras
監督・脚本:カルラ・シモン
撮影:ダニエラ・カヒラス
出演:ジョゼ・アバット、アントニア・カステルス、ジョルディ・プジョル・ドルセ、アンナ・オティン、アルベルト・ボッシュ、シェニア・ロゼ、アイネット・ジョウノ、モンセ・オロ、カルレス・カボセ、ジョエル・ロビラ、イザック・ロビラ、ベルタ・ピボ、エルナ・フォルゲラ、ジブリル・カッセ、ジャコブ・ディアルテ

「正体」(2024年 日本映画)

2024年12月18日 | 映画の感想・批評
 

藤井道人監督と主演の横浜流星は、長編劇場映画では「青の帰り道」(2018年)「ヴィレッジ」(2023年)に続き3度目のタッグとなる。既に数年前から準備を進めてきた企画で、共に思い入れのある作品だという。中学時代には空手で世界王者となり、昨年はボクシングのプロテストに合格した横浜流星の、身体能力の高さがこの作品では十二分に生かされている。原作は10万部を超えるベストセラーとなっているが、残念ながら未読である。
 一家3人を惨殺した事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けた鏑木(横浜流星)がある決意を持って脱走する。逃亡を続け日本各地に潜伏する鏑木と出会った、和也(森本慎太郎)沙耶香(吉岡里帆)舞(山田杏奈)。鏑木を追う刑事の又貫(山田孝之)は彼らを取り調べるが、各々が出会った鏑木は全く別人のような姿だった。顔を変えながら逃走を繰り返す343日間。鏑木の真の目的がやがて明らかになっていくのだが……。
 横浜流星の変身が鮮やかである。工事現場の作業員やフリーライター、介護施設のスタッフと全く別人のように見える。かつて顔を整形して逃亡を続けた殺人犯がいた。2年7ヵ月という長期にわたり逃亡を続け、その後逮捕され無期懲役の判決が下っている。日本の警察は優秀である。とは言え誤認逮捕、冤罪もある。その冤罪により長年苦しめられてきた人々も少なからずいる。「鏑木には動機がない」という警察情報が、サスペンスの要素も孕んで観客を最後まで引っ張っていく。
 俳優陣が各々に奮っている。なかでも山田孝之の存在感が際立っている。台詞は少ないが、警察組織内での圧力と戦いながら職務を全うしようとする使命感が、身体全体から滲み出ている。怖いが、どこか信頼出来る人物だとも感じられる。鏑木の逮捕時には右肩を狙って撃つ場面にホッとする。鏑木の働いていた水産加工工場では責任者役の遠藤雄弥を発見する。小路紘史監督の「辰巳」で、主人公の辰巳役が素敵だった。その他にもetc.俳優陣の層が厚い。
 「信じたかったんです、この世界を。」ラストシーンで鏑木が法廷で放つこの言葉は、生きたいと強く願うことが希薄な時代だからこそ、胸に染み渡る。思いがけない状況に追い込まれたことで生きる力を得た一人の青年の成長物語として観ると、藤井道人監督の作家性を保ちつつ、エンタメ作品としても楽しめる作品になっている。
 エンドロールで流れる主題歌、ヨルシカの「太陽」がとてもいい。ちょっと文学的な歌詞と透明感のある歌声に、ラストシーンの余韻にいつまでも浸っていたくなる。(春雷)

監督:藤井道人
脚本:小寺和久、藤井道人
原作:染井為人「正体」
撮影:川上智之
出演:横浜流星、吉岡里帆、森本慎太郎、山田杏奈、前田公輝、田島亮、遠藤雄弥、宮﨑優、森田甘路、西田尚美、山中崇、宇野祥平、駿河太郎、木野花、田中哲司、原日出子、松重豊、山田孝之