シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

第三夫人と髪飾り(2018年ベトナム映画)

2020年01月29日 | 映画の感想、批評
 19世紀の北ベトナムが舞台。14歳の主人公メイが、絹業を営む裕福な家に、第三夫人として嫁いでくる処から物語が始まる。実話がベースである。ちらしには、監督のアッシュ・メイフェアは、『スパイク・リーが激賞し製作資金を援助した、「青いパパイヤの香り」「夏至」のトラン・アン・ユンが美術監修を手掛けるなど、巨匠たちも大きな期待を寄せる期待の新人監督』とある。こういった謳い文句には弱く、否応なしに期待が高まる。
 確かに、新人監督らしからぬ安定感を感じた。全編を通して、セリフが少ない。始まってから暫くは、山奥の神秘的なベトナムの風景の中をメイが嫁いでくるシーンで、人の動きと風景だけで、これから起きる人生の起伏など全く想像がつかないくらい雄大で、そして、静かである。映像美というのはこういうことを云うのだろうか。冒頭から映像に引き込まれる。カラフルだがシックな色合いのアオザイも美しい。
 1991製作のチャン・イーモウ監督「紅夢」の女性同士のドロドロしたストーリーをイメージしていたが、本作は、そういったものはなく、叙情的に「生」と「死」を生々しく形を変えて、繰り返し淡々と描いた映画だった。閉鎖的な狭い村社会が舞台なので、次々と起こる「生」と「死」が隣り合わせであることも生々しさを駆り立てる。飼っている牛が出産するが、生まれた子牛が病気なのか成長することなく安楽死させるシーン。生きた鶏の首にナイフを入れ、清血を出させるシーン。第一夫人の流産。長男に嫁いできた嫁の死。「死」の連続の中で、新たに誕生した第三夫人の子供。やっと、「生」の誕生と思われたが、その子供が泣き止まず、思わず、毒花に手を伸ばしてしまう主人公。でも、実際には口には持っていかない。
 冷淡に思えたりもするが、はっきりと「生」と「死」を区別させ、今、この瞬間の「生」を生きる者達(=自分も含む)に、現実を生きる辛さ、苦しさ、楽しさ、嬉しさ等々を感じることが出来る喜びを、言葉ではなく映像で表現している。
 全編を通して、ベテランの域に達するような作品だった。世界の映画祭で賞を獲得している。監督の次回作にも期待したい。
(kenya)

原題:「The Third Wife」
監督・脚本:アッシュ・メイフェア
撮影:チャナーナン・チョートルンロート
出演:グエン・フォン・チャー・ミー、トラン・ヌー・イエン・ケー、マイ・トゥー・フォン他

「パラサイト 半地下の家族」(2019年 韓国)

2020年01月22日 | 映画の感想、批評
 

第72回カンヌ国際映画祭で韓国映画史上初のパルムドール、第77回ゴールデングローブ賞外国語映画賞を受賞し、来月10日に発表される第92回アカデミー賞®︎では作品、監督、脚本、国際長編映画(旧外国語映画)の各部門にノミネートされている話題の韓国映画。『殺人の追憶』『グエムルー漢江の怪物ー』のポン・ジュノ監督と、それらの作品で主役をつとめた韓国の名優ソン・ガンホが4度目のタッグを組んで、世界中の観客を魅了する。
 度々事業に失敗しても楽天的な父親、元ハンマー投げメダリストの母親、大学受験に失敗し続ける"受験のプロ"の息子ギウ、美大へ行きたいが予備校に通う金がない娘ギジョンのキム一家は、全員失業中で「半地下」住宅で暮らしている。ギウの友人のエリート大学生が留学の間、高校生ダヘの英語の家庭教師をギウに頼みにきたことから物語は始まる。
 家庭教師先のIT企業のパク社長宅は、高名な建築家が設計した高台の大豪邸。若くて美しい妻、高校生の娘、小学生の息子ダソンと、まるで絵に描いたような理想的な一家だ。そして有能な家政婦。ギウはギジョンをいとこの友人と偽って、ダソンの家庭教師に推薦する。
 日本でも就職氷河期で職に就けなかったり、競争社会に馴染めず家庭に引きこもったり、親の収入や年金に依存して暮らす人たちを指して"パラサイト(寄生虫)"と報道していたことがあった。ずい分と酷い言い方だと思っていたら、さらに勝ち組、負け組などという言葉さえ現れてきた。全員失業中という本作のキム一家はさしずめ負け組代表。対するパク一家は勝ち組代表と言ったところだろうか。しかしポン・ジュノ監督は今世界中が直面している格差社会の問題をストレートに批判するような描き方では、観客が満足しないことを心得ている。
 劇場用パンフレットにポン・ジュノ監督から「本作をご紹介頂く際、出来る限り兄妹が家庭教師として働き始めるところ以降の展開を語ることは控えてほしい。思いやりあるネタバレ回避は、これから本作を観る観客と、この映画を作ったチーム一同にとっての素晴らしい贈り物です」というメッセージがある。ということで、キム一家が貧乏生活から脱出するために、どのような計画を立て、実行していったか、その結果どのような事態が起きたのか、ぜひ映画館に足を運んで、132分のハラハラドキドキの展開を楽しんでほしい。こんなかたちでラストを締め括るのか、ポン・ジュノ監督にやられた〜と唸ってしまう。(久)

原題:GISAENGCHUNG
監督:ポン・ジュノ
脚本:ポン・ジュノ、ハン・ジヌォン
撮影:ホン・ギョンピョ
出演:ソン・ガンホ、チェ・ウシク、チャン・ヘジン、パク・ソダム、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チョン・ジソ、パク・ソジュン、イ・ジョンウン

「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」 (2019年 アメリカ映画) 

2020年01月08日 | 映画の感想、批評


 42年という長きにわたって世界中のファンを熱狂させ続けた「スター・ウォーズ」がついに完結の時を迎えた。まさに“伝説”と呼べるこのシリーズを、スタートからラストまでリアルタイムで見ることができたラッキーな人たち(自分も含め)にとって、いいようのない幸福感と喪失感を同時に味わわせてくれる感動のフィナーレ!!アナキン、ルークと続いてきたスカイウォーカー家の歴史に新たなRISEが生み出される。果たしてどのような形で?!
 監督にはエピソード7「フォースの覚醒」でシリーズを再起動させたJ.J.エイブラムスが戻ってきた。今回も脚本、製作を兼ね、自分がこの壮大なるサーガを終わらせるのだという意気込みと覚悟がひしひしと伝わってくる。それはこの作品が単に新シリーズ3部作の結末ではなく、9作品すべての最終章であり、そのためには今まで謎だったことや様々なシチュエーションを観客が納得のいくように、楽しめるように解決し、繋げなくてはならない。その膨大な情報を細部までコントロールできたのは、監督をはじめ、この作品に関わった人たちすべてが「スター・ウォーズ」の大ファンであったからに違いない。その根本を42年前に作り上げ、今回もキャラクター原案で参加しているジョージ・ルーカスの偉大さも忘れてはならないだろう。
 また、このシリーズは映画界に多くの新鮮な俳優たちを生み出した。新3部からもジェダイの宿命を帯びる戦士レイを演じたディジー・リドリーや、ダークサイドに墜ち圧倒的支配者となったカイロ・レンを演じるアダム・ドライバーは、作品ごとに成長が伺え、堂々たる演技ぶりだし、他にもレジスタンスの一員ボー・ダメロン役のオスカー・アイザック、フィン役のジョン・ポイエガなど、有望株がいっぱい。次作はどのような役を演じるのか実に楽しみである。そしてファンにとって嬉しいのは、ルーク、レイア、ハン・ソロをはじめ、カルリジアン将軍を演じたビリー・ディ・ウィリアムズが久々に登場し見せ場を作っているほか、新しいクリーチャーやおなじみのキャラクターたちも続々登場し最後のご愛嬌、戦いの中の一服の清涼剤となっている。
 エンドタイトルを滔々(とうとう)と流れるジョン・ウィリアムズの音楽。ああ、1作目からずっと耳にしてきたこの曲もこれで聞き納めか。フル・オーケストラによる思いがいっぱい詰まった演奏にどっぷりと浸りながら・・・涙。
(HIRO)

原題:STAR WARS THE RISE OF SKYWALKER
監督:J.J.エイブラムス
脚本:J.J.エイブラムス、クリス・デリオ
撮影:ダン・ミンデル
出演:ディジー・リドリー、アダム・ドライバー、キャリー・フィッシャー、マーク・ハミル、ジョン・ボイエガ、オスカー・アイザック、アンソニー・ダニエルズ、ナオミ・アッキー、ビリー・ディ・ウィリアムズ、ヨーナス・スオタモ、イアン・マクダーミド

「男はつらいよ お帰り 寅さん」(2019年、日本映画)

2020年01月01日 | 映画の感想、批評


あけましておめでとうございます!
シネマ見どころをご覧いただきありがとうございます。

年始早々の当番に、緊張もしつつ、今年も好き放題にアロママ節で感想を書かせていただきます。

お正月と言えば寅さん!
本作が50本目!
かつてはお盆とお正月の、年二本を公開していたというのだから、驚きです。
気づいたら、いつでも寅さんが傍にいたような・・・・・リアルに観てきた世代の端くれ。
全作品を見たわけではないし、特に満男と泉の物語をすっぽり抜かしていたので、ほう、こういう青春時代を過ごしていたのか、満男君!
と、弟か甥っ子の成長を見るような感覚になりました。

物語は現代。
寅さんの甥っ子の満男は6年前に妻を亡くし、中学3年生の娘ユリとマンションで暮らしています。この娘ユリちゃんが何ともいい子!パパ思いだし、家事もちゃんとやってのける。寝坊したパパを起こしてくれるし、居眠りしたパパにパジャマを持ってきてくれる。さすが、さくらさんの孫娘!
さくらおばあちゃんとのやり取りも温かい。お布団に一緒にくるまってじゃれている姿は幼くして母を亡くした娘と、静かに母替わりを務めてきた祖母との時間を見事に背景に取り込んでいる。
反発したであろう満男と父博の関係性も温かい。それもこれも、困った時に必ず「助けてくれる」伯父の存在の大きさを想わせてくれる。
第1作あたりで、若き博とその父の確執が描かれていたらしいので、ぜひDVDで観てみたい。あの志村喬が父親らしい。知性ある人として描かれた博がなぜ高卒で町工場に勤めることになったのか、ああ、無性に知りたい!

綺羅星のごとく、懐かしい女優さんたちが登場してくる。過去作品の全員が登場したのだろうか!
個人的に、芸者のぼたんさんが顔を見せてくれたのがうれしくてたまらない。太地喜和子、大好きでした。
現役の人として、リリーこと浅丘ルリ子が登場。出演回数が一番多く、しかも一番寅さんと近かったとも言える存在。
なのに、実はリリーさんの映画も観ていない!
寅さんを語るには私はふさわしくないかもしれない。
しかし、そんなことをすっとばかしてでも、初めて寅さんを知る人にでも、この作品は寅さんの入門にもなりえる。
そんな普遍性を持っているとも思う。

吉岡秀隆、それほど好きではなかったが、今作品は彼の積み重ねの上にこそ在るので、彼以外には演じられない。もちろん、両親のさくらと博も。
かくも長い時間を現役で俳優をやってきた出演者たちに敬意を感じるし、衰えることのない創作意欲と日本の家族の普遍性を見せてくれる監督にも拍手を贈りたい。

リアル我が家はお正月らしいことは一つもせず、いつも以上にグダグダ。これがいいのかどうなのか、大いに疑問に思いつつ、それでも2019年の大晦日に(28日にも息子と観たのだけど)、一人静かに「寅さん」を見られたことは良かった!自分へのご褒美にしようと思いました。

2020年、今年もいっぱーい、いい作品に出会いたいです!
(アロママ)

原作、監督 山田洋次
脚本 山田洋次、朝原雄三
撮影 近森眞史
出演 渥美清、倍賞千恵子、吉岡秀隆、後藤久美子、前田吟、他

「アイリッシュマン」(2019年 アメリカ映画)

2019年12月25日 | 映画の感想、批評
 有料配信(Netflix)向けに製作された実録ものの大作だ。決して早いテンポではないのだが、3時間半の長丁場を持たせたマーティン・スコセッシの演出力は並大抵ではない。
 車椅子の老人フランク・シーラン(デ・ニーロ)が老人ホームで若かりしころを回想する。かれはアイルランド系のトラック運転手だったが、家族を養うために始めた副業でマフィアの顔役(ペシ)と知り合い、その信頼を得て殺し屋まがいの仕事を任されるようになる。やがて全米トラック運転手組合の委員長ジミー・ホッファ(パチーノ)に紹介され、ふたりはウマが合って家族ぐるみのつきあいとなり、組合支部のトップに抜擢される。
 トラック組合は当時の日本でいえば国鉄の労組みたいなもので、流通の根幹を握っているためストでも起こされれば物流の動脈を断たれたも同然となるから、絶大な力をもっていた。その頂点に立つホッファはケネディ政権にとっても煙たい存在だった。かれは組合つぶしに動くマフィアを逆手にとって利権の一部を渡すことで取り込み、巨額の年金資金を横流しするなど好き放題をやる。
 マフィア撲滅キャンペーンを始めたロバート・ケネディ司法長官に目をつけられたホッファは資金の不正流用で実刑判決を受けるが、ジョンソンを経て政権が変わると、ニクソンに多額の献金をして刑期満了までに保釈される。
 娑婆に出てきたホッファは再び組合を牛耳ろうと画策するが、留守の間に軒先を貸したマフィアにすっかり母屋を取られていたものだから、両者の確執がのっぴきならない状況となる。どちらにも恩義があるフランクもまた進退きわまるのである。
 こうして、1975年の夏に米史上を揺るがす大事件が起きる。ホッファが忽然と姿を消し、行方不明となるのだ。結局、こんにちまで失踪事件の謎は解明されず、99年にフランクが「実は・・・」と告白したわけだが、果たして老人の誇大妄想か真実か、よくわからないのである。
 フランクが最初に問題を起こして弁護士に相談する場面で逐一容疑を否定するフランクに対して弁護士が片手を微妙に左右にふって本当はどうなんだとジェスチュアで問うあたりとか、ホッファが組合の大会で得意満面にスピーチすると万雷の拍手が起き、それに応えて壇上で小躍りするとか、そういう細部の演出がスコセッシらしくてゾクゾクさせられた。 (健)

原題:The Irishman
監督:マーティン・スコセッシ
脚本・スティーヴン・ザイリアン
原作:チャールズ・ブラント
撮影:ロドリゴ・プリエト
出演:ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテル

「閉鎖病棟ーそれぞれの朝ー」 (2019年 日本映画)

2019年12月18日 | 映画の感想、批評
 秀丸(笑福亭鶴瓶)は妻、妻の浮気相手、さらに病床の母親を殺害して死刑囚となった。死刑執行後に蘇生したため、行き場所のない秀丸は掃き溜めに捨てられるように精神科病院に入れられる。チュウさん(綾野剛)は普段は落ち着いているが、幻聴があるとひどく錯乱し、家族に厄介者扱いされている。秀丸やチュウさんが入院する長野県の精神科病院に、ある日、由紀(小松奈々)という少女が連れてこられる。由紀は義父から性的虐待を受けていて、診察で妊娠していることが発覚する。
 秀丸、チュウさん、由紀を中心に物語は展開するのだが、出来栄えを論ずる前に、精神科病院としてのリアリティが欠如しているのが気になる。「閉鎖病棟」というタイトルにも関わらず、描かれているのは開放病棟に近い。患者がエレベーターを自分で操作し、院内や院外への外出もフリーで、患者達だけで街へ出かけていく。由紀が飛び降り自殺をする時に屋上の鍵が掛かっていないのも違和感を覚えるし、作業療法(陶芸)の時もスタッフが誰もついていない。病院内でレイプや殺人が起こるというのも、精神科病院の管理体制の厳しさを考えると、現実離れしていると言わざるを得ない。
 映画の舞台をなぜ精神科病院にしたのだろうか。由紀が暴行された事実を知った秀丸が犯人を殺し逮捕される。由紀は裁判の席で自分が暴行を受けたことを証言し、秀丸の刑が少しでも軽くなるように嘆願する。この作品は秀丸と由紀の友情が中心的なテーマになっているが、別に精神科病院を舞台にしなくてもよかったのではないか。もし精神科病院を描くなら、精神科に普遍的な問題をもっと掘り下げてほしかったなと思う。
 チュウさんは母親を施設に入れようとしている妹夫妻に反発し、退院して自分が母親の面倒をみると宣言する。チュウさんは退院後に母と同居して仕事にもつくのだが、その過程は描かれていない。幻聴のためにパニック状態に陥るチュウさんが、地域で暮らしていくのは容易ではなく、多くの支援が必要なはずだ。由紀は病院から飛び出した後に夜の街をさまようが、橋から見た朝焼けに心動かされる。次に登場した時に看護師の見習いになっていたが、あれだけ壮絶な体験をした由紀がどうやって立ち直ったのか。朝焼けに感動したからというのでは説得力が乏しい。病気を抱えつつ、地域で暮らし、職を得るというのは大変なことで、家族の無理解や周囲の偏見・差別と闘っていかなければならない。そうでなければ、また病院に戻って来ることになる。精神科病院が社会の掃き溜めにならないためにも、再生のプロセスは重要である。(KOICHI)

監督:平山秀幸
脚本:平山秀幸
撮影:柴崎幸三
出演:笑福亭鶴瓶  綾野剛  小松奈々


THE INFORMER/三秒間の死角(2019年イギリス・アメリカ・カナダ映画)

2019年12月11日 | 映画の感想、批評
 FBIの情報屋としてマフィアに潜入している主人公は、最後の任務を迎えようとしていた。この任務が終わると、家族との幸せな時間が待っているのであった。裏社会の全組織壊滅を目的に、麻薬の取引現場に向かうが、想定外の事件が発生し、NY警察に追われる身となってしまう。FBIはNY警察の追跡をかわす為、強引に、刑務所内の情報を収集することを名目に、主人公を刑務所に戻すのだが、そこは、無法地帯だった。更に、FBIの裏切りもあり、絶体絶命の状況に陥ってしまうのである・・・。
 サスペンス、アクション、夫婦愛、親子愛等々、色々な要素を盛り込んで、圧倒的なスピード感で駆け抜けた印象が残る。途中からは物語に付いていくだけで精一杯であった。その中で一番優れているのはサスペンスで、冒頭からの緊迫感溢れるシーンの連続で、ハラハラドキドキが2時間ずっと続くのである。
 一方、もっと、一級のサスペンス映画として、宣伝していれば、もっとお客さんも入ったように思えるのが残念だ。公開間もない「映画の日」に観たのだが、結構空いていた。上映館が少なく、上映期間も短いのも残念。「INFORMER」という原題タイトルも邦題にした方が良かったのではないか。「INFORMER」=「情報屋」というのは直訳すぎるので、ここは、昔の作品のような邦題を期待したかった。
 話は変わって、特筆すべき点がある。それは、FBI役を演じたロザムンド・パイクである。実は、本作は、彼女が出演していることが分かって、観に行くことに決めた。組織の考えと個人の考えに挟まれ悩む複雑な表情は身震いした。大画面で観るだけでも出掛ける価値がある。特に、中盤以降の、上司とのやりとりのシーンや主人公を見守るシーン等の表情は、今でも記憶に鮮明に残っている。更に、今年は、ロザムンド・パイク大活躍の年だ。「プライベート・ウォー」「エンテベ空港の7日間」と本作の3本を観たが、いずれも良かった。端正な美貌で、眼力があって、凛とした表情(役柄もあるかもしれないが)が、特に見応えがある。是非、未見の方は、観て頂きたい。ちなみに、見逃してしまった9月6日公開の「荒野の誓い」が、来年1月、京都シネマにて公開予定とのこと。今から楽しみだ。
(kenya)

原題:「THE INFORMER」
監督・脚本:アンドレア・ディ・ステファノ
撮影:ダニエル・カッチェ
出演:ジョエル・キナマン、ロザムンド・パイク、クライヴ・オーウェン、コモン、アナ・デ・アルマス他

「ひとよ」(2019年、日本映画)

2019年12月04日 | 映画の感想、批評


 冒頭で、泥酔した夫を車で轢き殺した母は、「自分のやったことに自信がある!今から15年経ったら帰って来る!これからは自由に生きなさい、生きられるのよ!」と言い放ち、自首するために家を出ていく。残されたのは思春期の長男、次男、まだ小学生の娘。
3人とも日常的に理不尽な暴力を父から受けてきた。

子どもたちは15年の間、親に甘えられる時間と関係を奪われ、親子関係を凍結したまま、一人ずつもがきながらそれなりに生活を築いてきた。それは刑に服している母には知らない時代。
だから、15年経って帰ってきたといわれても、母に対して大人な対応ができない。不満や甘えを一気に噴き出せるものでもない。

末っ子の松岡茉優は甘えたくてたまらない。母を肯定的にとらえようとする。
次男は生活の場も都会に移し、郷里との距離を測ってきた。その代わり、母を検証すると称して事件を文章化することで見つめようとしている。
「自分にも父親と母親の血が流れている、暴力性があるのでは?」長男は妻に事実を隠している、父親のモデルがないため、自分自身が父親であることへの不安が募る。

田中裕子の演技は圧巻。兄弟3人も見ごたえあったし、わき役たちも見せてくれる。
残されたタクシー会社を運営してきた従兄をはじめ、会社のメンバーがあまりに良い人過ぎて、救われる場面なのだが。
佐々木蔵之介の豹変ぶりが画面に緊張感をもたらしたが、そして彼はその後どうなったのか?

ひとよ。題名はひらがななので、受け取り方は様々。
主題は「あの夜」、その人にとっては「あの・・・」であっても、他人にとっては「ただの、いつもと同じ」。
あの夜、と言っても、他人にとってはしょせんそういう事なのよ。ということか。
ひとよ、「人よ」でもある。あの人によって、良くも悪くも振り回され、振り回し、絡み合う。
昨年は「万引き家族」のような疑似家族があった。今作は否が応にも、本物の血のつながった家族。親は選べない。「それでも母さんは母さんなんだ!」の長男の言葉は重い。

突き詰めて思うに。
結局は母のエゴではないのか。確かに子どもたちを父親の理不尽な暴力から救いたい!
母なればこその想いだ。私もその立場になったら・・・・・。いや、それでも他の方法がいくらでもあるじゃないか!それを言い出したらお話しは出来ないか!


自分の誕生日に、自分へのプレゼントで見るにはちょっとしんどい作品だった。軽いものを見るほど浮かれる気にもなれない心理状態でもあったし。
そもそも困難な時には重い作品を観て、同調し、力を得るというのが得意なので、それほど苦痛になったわけでもなく。いつものように、「まあ、私もそれなりに頑張ってるやん!」と、自己肯定を存分にして、帰宅した。フェイスブックの「友人たち」はおめでとうメッセージをくれるが、家族は忘れてる!ま、いいか!居てくれるだけでもありがたい存在なのだ。ゆるしたろ!(笑)
(アロママ)


原作 桑原裕子
監督 白石和彌
脚本 高橋泉
撮影 鍋島淳裕
出演 田中裕子、佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、佐々木蔵之介

「アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール」 (2017年 イタリア映画)

2019年11月27日 | 映画の感想、批評


 知る人ぞ知る世界最高峰のテノール歌手、アンドレア・ボチェッリ自身が執筆した自伝的小説「The Music of Silence」を「イル・ポスティーノ」のマイケル・ラドフォード監督が完全映画化。舞台は「イル・ポスティーノ」と同じイタリア。今回はトスカーナ地方で、イギリス出身のラドフォード監督、イタリアがよほどお気に入りのようだ。その小さな村に住むアモスは生まれつき眼球に血液異常の持病を抱えていたが、盲学校での体育の授業中にサッカーボールが頭に当たり、病気が悪化。ついに失明してしまう。自由のきかない生活からくるストレスで両親を困らせていたアモスだが、見かねた叔父のジョヴァンニが元来の美しい歌声を活かそうと、音楽コンクールに連れて行ったことから、アモスの人生が大きく切り開かれていく。
 大人になったアモスを演じるのはイギリス生まれの新鋭トビー・セバスチャン。さすがにミュージシャンだけあって歌うシーンは堂々たるもの。カリスマ的存在ともなる若きボチェッリを見事に演じきった。また、アモスを息子のように厳しく、愛情を持って指導するマエストロ役を演じるスペイン出身のアントニオ・バンデラスが素晴らしい。彼との出会いがあったからこそ、テノール歌手として生きていく道が開かれていったのだが、まさに理想の指導者たる風格がにじみ出ていて唸らせる。
 そして真の主役ともいえるのが、ボチェッリ本人の声だろう。実は作品の中での歌唱シーンの歌声のほとんどが、ボチェッリ本人の吹き替えなのである。96年に世界中でヒットした「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」をはじめ、「アヴェ・マリア」「誰も寝てはならぬ(トゥーランドットより)」などを披露しているが、その美しい声は圧巻。聞いているだけで身震いがし、涙が溢れてくるのだからその力は計り知れない。人々を魅了するとはこういうものなのか。
 冬の到来とともにシーズンが始まったフィギュアスケートを見ていて気がついた。どこかで聞いたことがあるなあと思っていた演技中に流れる曲は、ボチェッリが歌っていた曲だったのだ。美しいスケートの演技を盛り上げるのに欠かせないのがバックミュージック。ボチェッリの美しい歌声がそこに活かされているのは言うまでもない。昨年、14年ぶりに全世界で完全オリジナルのアルバムを発表したボチェッリ。その活躍ぶりは盲目であることを忘れてしまうほどだが、その存在と素晴らしい生き方を教えてくれたこの作品に出会えたことが、この上なく嬉しい。
 (HIRO)

原題:The Music of Silence
監督:マイケル・ラドフォード
脚本:アンナ・パヴィニャーノ、マイケル・ラドフォード
撮影:ステファーノ・ファリヴェーネ
出演:トビー・セバスチャン、アントニオ・バンデラス、ルイーザ・ラニエリ、ジョルディ・モリャ、エンニオ・ファンタスティキーニ、ナディール・ガゼッリ




「プライベート・ウォー」(2018年 イギリス=アメリカ)

2019年11月13日 | 映画の感想、批評
 英国を代表する高級紙タイムズ。その日曜版サンデー・タイムズの戦争特派員として名を馳せたメリー・コルヴィンの最期を描いた問題作である。
 2001年、メリーは編集長の反対を押し切って内戦下のセイロン島に飛ぶが、そこで戦闘に巻き込まれ左目を失う。隻眼なんてサミー・デーヴィス・ジュニアかダヤン(イスラエルの国防相)だと冗談をいいながら、黒いアイパッチを愛用することになる。これが何ともカッコイイ。
 男性記者でも躊躇するような激戦の修羅場に突撃するスタイルは当時から伝説だったようだが、こういう破天荒で規律を守ろうとしない部下には編集長もほとほと手を焼くのだ。しかし、戦場に対する異常な関心は彼女の繊細な感受性と関係があるのかもしれない。この世の地獄を見た彼女の心は次第に蝕まれていくのである。
 しかし、そんなことで挫けてはいられない。イラクやアフガニスタン、リビアと次々に中東の紛争地を駆けずり回る彼女に見込まれたカメラマンが、ポール・コンロイだ。
 そのコンロイとシリアのホムスに潜入する。父親から政権を承継したアサド大統領の強権的な内政運営に反発する反政府勢力が内戦の火蓋を切り、アサドは彼らをテロリストと呼んで政権の正当性を内外に主張する。あくまで内戦ではなくテロリスト制圧のための戦闘だと言い張るのだ。
 真実を確かめたいと反政府軍の拠点に入ったふたりが眼にしたものは政府の攻撃にさらされて家族の命を奪われ、為す術もなく途方に暮れる市井の人びとの姿だった。戦闘が激烈を極める中で、編集長が「撤収しろ」と命じるのを聞かず、彼女は世界に向けてTVレポートをつづけ、アサドは嘘をついていると言いきるのである。その中継をサンデー・タイムズ紙の編集室で固唾を呑んで見守る同僚たちのうしろで、テレビに映るメリーの勇姿に例の編集長が思わず目を潤ませるところがいい。同時に彼女のよき理解者である富豪の伴侶が不安を募らせるようにTVの前でたたずむのもいい場面だ。
 その直後、政府軍の猛攻撃に見舞われたメリーとポールは逃げ場を失って瓦礫の中に倒れる。前方に横たわるメリーに這々の体でたどり着いたポールは、天も裂けよとばかりに慟哭するのである。2012年2月22日、メリー・コルヴィンは56歳の生涯を閉じた。まさしく紛れもない戦死であった。「個人的な戦争」が意味するところに思いを馳せながら、この映画を見てほしい。
 製作にシャーリーズ・セロンが名を連ね、迫真の戦闘場面を撮る名手ロバート・リチャードソンのカメラワークに注目を。(健)

原題:A Private War
監督:マシュー・ハイネマン
原作:マリエ・ブレンナー
脚色:アラッシュ・アメル
撮影:ロバート・リチャードソン
出演:ロザムンド・パイク、ジェイミー・ドーナン、スタンリー・トゥッチ、トム・ホランダー