シネマ見どころ

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「繕い裁つ人」(2015年日本)

2015年02月11日 | 映画の感想・批評
 池辺葵原作のコミックの映画化。神戸の港を見下ろす坂の上にある洋館に、「南洋装店」という小さな看板がかかっている。祖母の後を継いだ2代目・市江と、彼女の周りに集まる人々との交流を描く、心がほっこりする物語だ。
 市江は祖母の着る人に寄り添う洋服作りを尊敬し、祖母に仕込まれた仕立ての姿勢を頑固なまでに崩さない。そんな市江の作る洋服に惚れ込み、ブランド化してネット販売をと勧める百貨店の外注係の藤井は、足繁く南洋裁店に通う。だが、着る人の顔が見えない服は作りたくないと市江はきっぱりと断る。
 大量生産、大量消費、果ては大量放棄が普通になってしまった現代、藤井は決してそれを当然と思っている人間ではない。むしろ疑問に感じているからこそ、市江の服作りに対する思いに共感するところがある。一針一針丁寧に刺していき、祖母から譲り受けた足踏みミシンをカタカタカタと踏んでいく市江の作る服の魅力をもっと多くの人に知ってほしいという思いなのだ。傷んだら直し、年齢とともに変わる体型に合わせて補修して、一生着られる服をと願う市江。
 美味しいと評判だった店が、YVや雑誌で紹介されどっと客が押し寄せてきて、これまれこだわりの丁寧な手作りから手抜きになり、味が落ちたという話はよく聞く。これはきっと物作りをする人たちと使い手の永遠のジレンマかもしれない。
 市江のストレス解消が坂を下ったところにある喫茶店のチーズケーキというのも神戸らしい。3回、直径15㎝はありそうなケーキを頬張るシーンが出てくるが、現状満足、自信の揺らぎ、新たな決意とその表情で心境の変化を見せる中谷美紀は、やっぱりうまい女優だ。
 現代の私たちの生活の中で「繕う」という言葉は「死語」になりつつあるのではないだろうか。そういえば最近私は何かを繕ったことがあるだろうかと思いながら、映画を見ていた。(久)

監督:三島有紀子
原作:池辺葵
脚本:林民夫
撮影:阿部一孝
出演:中谷美紀、三浦貴大、片桐はいり、黒木華、中尾ミエ、伊武雅刀、余貴美子